BLUE ROSE 2
□50. 7月 あふれるような
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朝、相変わらず気持ちのいい潮風が吹き込むベッドルームに、携帯の着信音が響いた。
「ん…」
もぞもぞと名前がシーツからベッド横のテーブルに手を伸ばす。
やっとの思いで携帯を手に取って耳にあてた。
昨夜遅くまで続いた行為でまだ眠気は取れていない。
「…はい、もしもし」
目を閉じたまま挨拶だけをする。
吹き込む風があまりにも気持ちよく、再び眠りに入ってしまいそうだ。
ウトウトと寝ぼけた脳で返事を待っていると、女性の声が聞こえてきた。
『あら、景吾に電話をかけたんだけど…』
「…景吾さん?」
『番号間違えたかしら…』
未だに夢と現実の間を行き来している名前は、隣で気持ちよく眠る跡部を薄っすらと目を開けて見た。
相変わらず寝ているときの表情はちょっぴりあどけない。
「景吾さんなら隣でまだ寝てます…」
『え!?』
「…?」
暫くの沈黙が続いた。
女性の驚いた声で徐々に現実へと覚醒してくる。
天蓋付きのベッドのレースの色もはっきりと見えてきた。
(…私今なんて言った…?)
すると女性の声がやっと聞こえてきた。
『あなたもしかして、噂の名前ちゃん?』
「え?」
『私は景吾の母、美沙子です』
「……お母、さま…」
名前は寝転がって通話をしたまま時が止まったかのように感じた。
そして気づいたが、これは名前の携帯ではなく跡部の携帯電話だ。
耳から離して画面をみれば、確かに着信の名前が【跡部美沙子】になっていた。
一気に覚醒した意識のまま、勢い良く上体を起こした。
冷や汗が止まらない。
『景吾が隣で寝ているのね?』
「え、えっとですね!あのこれはっ!」
『隠さなくていいわよ。今日の午後に私、そちらに着く予定だから景吾に言っておいてね』
「きょ、今日来られるんですか!?ここに!?」
『休みがやっと取れたのよ〜。エーゲ海の別荘でしょ?』
「は、はい」
『名前ちゃんに会いたいの!じゃ!よろしくね!』
「あ…」
プツっと通話が切られ、名前は画面を見て固まった。
今日から楽しくバカンスが出来ると思っていたというのに、正之が帰った次の日に跡部の母がやって来る。
なんというバカンスだと、名前は手で顔を覆って嘆いた。
こうしちゃいられないと、跡部の寝顔に触れて起こす。
「景吾さん、起きてください」
「ん…」
「大変なことになったんです」
「大変なこと?」
頬を軽くペチペチ触れると、うっとおしそうにその手をどけて引き寄せた。
「わっ」
跡部の上に覆いかぶさるように引っ張られた名前は、そのまま後頭部を強く持たれた。
「あっ…景吾さん」
露わになった首筋に甘く痛い口づけをされる。
今まで散々されてきただけに、その痛みがどれだけの痕を残すか想像できた。
「今日は、痕つけちゃだめ…っ」
「うるさい」
いつの間にか体制を逆転されて、跡部に組み敷かれされるがまま首筋を吸われていく。
ちゆっ、と首に何箇所か強く吸われ、それが気持ちよく官能に溺れそうになりながらも、名前は跡部の肩を押して対抗した。
「今日は、ほんとにダメなんです…!あっ」
「やだ」
「んっ…だって今日は、景吾さんのお母様がこの別荘に来られるんですから…!」
「…は?」
首筋を舐めていた跡部の動きが止まった。
首から顔を離して名前を見下ろす。
「…おい、なんの冗談だ」
「冗談じゃないですって。ついさっき景吾さんの携帯にお母様から電話がかかってきて、私が間違えて出ちゃったんです」
跡部はベッドの上にあった携帯を手に取って着信履歴を調べてみた。
そこにはつい数分前に母からの着信がしっかりと残されている。
名前は素肌の身体にシーツをまとわせながら跡部の顔を覗き込んだ。
「今日の午後にこの別荘に来るっておっしゃってました」
「…嘘だろ…?相変わらずなんて空気読まない人だ」
「どうしよう。私景吾さんと寝てるって言っちゃいました…」
「は!?どうしてそうなった!」
「もう印象最悪です!お母様絶対怒ってます!」
「とりあえず落ち着け」
ベッドの上であたふたとする名前の頭に手を乗せて落ち着かせる。
しかし跡部はあるものに気づいて顔色を曇らせた。
「…悪い。さっきお前につけた首のキスマークすげぇ目立つ…」
「ひぇ!だからやめてって言ったのに!」
「く、首にマフラーでも巻いとけ」
「景吾さん今真夏です!」
とりあえず二人はベッドから降りて身なりを整えた。
随分と寝てしまっていたので、午後までそんなに時間は無い。
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