BLUE ROSE 2

□50. 7月 あふれるような
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『なあ景吾!ママがいなくなった!』

「…こっちで名前と仲良くやってますよ」



その日の夜。
父景佑から電話がかかってきた。

景佑の様子から、美沙子はなんの連絡も入れずにこっちへ来たようだ。


跡部は通話を切って、大きなため息を吐いた。

リビングを見ると、相変わらず美沙子は名前にデレデレで、相当気に入られてしまった様だ。




「…母さん、今父さんから電話がありましたよ」

「あら、なんて?」



跡部の言葉を気にせず、美沙子は名前の隣に座って一緒に旅行誌を見ている。



「父さんに一言も言わずにこっちに来たんですか?相当慌ててましたよ」

「あらやだ。言うのを忘れてたわ」


初めて雑誌から目を離した美沙子だったが、大して本当に驚いている様子ではなかった。
跡部はまた大きなため息を吐いて向かいのソファーに座った。



「母さんはいつまでここに居るつもりですか?」

「何だか帰ってほしそうね」

「そういうわけでは…」



すると美沙子は名前をぎゅっと抱きしめた。



「名前ちゃんを大切にするのなら返してあげてもいいわよ」

「え!?」

「そもそも母さんのじゃないでしょう。それに俺は大切にしてます」

「名前ちゃんはそう思う?首にこんな痕つけられてもそう思うの?」

「どんだけ首の痕に執着するんですか…」


顔を引きつらせ母を睨んだ。



「とにかく、母さんはまず父さんに一報入れるべきです」

「それもそうね」


跡部の押しに観念したように、美沙子は席を立って通話をしながらテラスに出ていった。

美沙子がいなくなったリビングは急に静かになる。




「なんだか、ここ毎日私達の親がやって来ますね」

「頼むから一気にやって来てほしい…」



跡部は机のポットに手を伸ばしてカップに紅茶を注いだ。

カップに口をつけてテラスを見れば、母はまだ通話している。
それは楽しそうな声を響かせていた。




「景吾さんのご両親は、仲がいいんでしょうね」

「そうだな。名家同士では珍しい恋愛結婚だったらしいから」

「そうでしたか」

「ウチの親と、名前の親が友人同士だったのなら、そっちの両親も恋愛結婚だったんだろうな」

「ですかね?詳しく聞いたことはないですけど、きっとそうなんですね」

「…恋愛結婚か」



跡部がポツリと呟いて、リビングがシンと静まり返った。
そしてバチリと目が合った途端、名前の頬が紅潮した。



「け、結婚ってどんな感じなんでしょうね…」

「さあな」

「で、ですね…」


一人ドギマギしてしまい恥ずかしくなる。跡部は何ら表情が変わっていなかった。

そういえばさっき美沙子に結婚の話題を振られても慌てる様子が見えなかった。


すると、跡部がゆっくりと口を開いた。



「…お前に婚約者が出来たって話を聞いてから、結婚について考えていた。それまでお前と付き合っていても、結婚なんて考えたこともなかったから」


ソファーに前屈みに座って、真っ直ぐ名前を見つめた。
その碧い瞳から目が離せなくなる。




「ただ付き合うことと、婚約は覚悟が違う。それはお前の父の正之さんにも言われた。そして確かにそうだと腑に落ちた」

「…」

「…俺はお前と共に歩む覚悟を決めたい。ただの恋愛で終わらせる気はない」

「…それって」


跡部と交わる視線に熱が帯びる。



「…名前、俺と…」







「あーんもう聞いてよ二人共!景佑さんが早く帰ってこいって!」

「…」


なんとタイミングがいいのか。
通話を終えた美沙子がリビングへ戻ってきて、二人の緊張感が全て消え去っていった。




「…帰ったらどうですか」

「なんで一泊もしないで帰らなきゃいけないのよ!仕事じゃないのよ仕事じゃ」

「昨日正之さんは一泊もしないで帰りましたよ」

「えー正之さん信じられない!よく体力持つわねあの人」


1人でやんややんやと騒ぐ美沙子に名前は笑みをこぼした。
この明るさにこっちまで楽しくなってくる。




「景吾さん、景吾さんも久しぶりのお母様との再会ですし」

「分かってる。もう何泊でも楽しんでいってください」



その言葉に美沙子の目は爛漫となった。



「それじゃあ名前ちゃんと寝ましょ!」

「え!?」

「ちょ、ちょっと母さん!」


跡部は急いで母の行く手を阻んだ。



「本来名前とのバカンスでこの島に来たんです。息子の彼女を取らないで下さいよ」

「えー嫌よ。あなたこれからいくらでも名前ちゃんと寝れるんだから今日ぐらいはママに譲って」


可愛らしくウインクをして息子に許しを媚びた。



「さ、行きましょ名前ちゃん」

「は、はい」



名前の手を引いてゲストルームへと二人で向かった。

その背中を跡部はぽつんと見送る。
リビングは再び静まり返った。



「名前とのバカンス…」



母に言ってしまった一言に、跡部は頭を抱えた。




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