君のいる世界廻る星

□No.1
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王都レグヌムの大通りの昼時は非常に賑やかだった。
幅の広い道の両脇に、数十メートルは続く様々な商店。
食品や衣類などの生活品を扱う店から
道具屋、鍛冶屋さらにはギルドまであるこの大通りには買い物目当ての客で埋め尽くされ、人にぶつからないよう歩くだけでも悪戦苦闘だった。

そんな人混みをものともせず、すり抜ける少女が1人。

両手一杯に顔が隠れてしまう程の荷物を軽々しく持ち、
賑やかな昼時の大通りを駈け抜ける淡桃の髪の彼女の名はカンナ。
顔立ちや背格好は大体16〜18の年頃の極普通の娘だが
彼女は、他の娘たちとは少し特殊な力を持って生まれた。

その力を持ったものは世に忌み嫌われ、近頃は“異能者”などと呼ばれ忌み嫌われている。

カンナはまだその力を周りの者に悟られてはいないが、
運が良いのかはてさて運命のいたずらか
彼女のそばにはもう一人、“異能”を持った者がいる。

彼女の今の雇い主にあたる者なのだが、
なんせ今必死に人混みを掻き分けるその理由は
その雇い主との“お稽古”の時間が迫っているからだった。

早く屋敷へ戻らなければ。
カンナは翻るスカートも気にせず走る速度を上げた。

その人は典型的な自己中で、自分はすぐ時間遅れるくせにカンナが遅れると
「あー?なんだてめぇ遅刻すっとはいいご身分じゃねーの?なぁ?」
と、ダルがらみは良いとこ。
さらに口が悪い事も有り機嫌をそこねると面倒くさいのだ。

という訳で遅刻厳禁なカンナは買い出し帰りの大荷物を抱えて走っているのだった。


「きっつぃなぁ・・・近道するか」

店の奥に立て掛けられた時計を盗みみて、時間が迫っているのを確認したカンナは
下町経由の近道を利用しようと細い路地を勢いよく曲がった。

と同時に顔面に強い衝撃。


「わぁっ!?」
と、細い声と共に後ろへ倒れこむ人影を視界に入れた瞬間、
カンナは条件反射に荷物を放し手を伸ばした。

腕を掴んだと同時に荷物からは林檎やオレンジが転がり落ち
料理酒のガラスの瓶が割れる音が響く。

あちゃー、と心の中で呟きたった今自分が衝突してしまった人を見るとカンナは少し驚いた。

支えている腕の細さと軽さから相手は女性だと思っていたのに。
見るからに気の弱そうな線の細い男の子だった。

「す、すいません・・・」

細く柔らかそうな銀色の髪の彼は涙目になりながら顔を伏せ呟いた。

カンナは彼が自分で体を支え立ったのを確認するとその手を離す。

「いいんですよ、今のは明らかに自分の責任ですから」

柔らかく微笑んだが、それでも彼は自信なさそうにごめんなさい。とだけ呟き、地面に転がる林檎を黙々と拾った。

カンナもすぐ一緒になって拾う。割れた料理酒のせいで袋の中の食材はびしょ濡れだった。

執事長に殺される。
しかも遅刻だ・・・なんてついてない。
お説教に嫌み。帰ってからの事を考えると胃が縮んだ。

「あの、これで全部だと思うんですけど・・・」

銀髪の少年はやはり自信が無さそうに荷物のはいった袋をこちらへ渡した。

その時、彼の綺麗な淡いエメラルドの瞳と目が合う。
瞬間何か違和感を覚える。

気が弱そうだが上品で礼儀の良い少年の姿に
あの体が大きく、豪快で、勇猛果敢に雑兵を蹴散らす彼の姿が重なる。

アスラ・・・?

「あ、あの・・・」

カンナは少年の不安げな声に我に帰る。

「あ、いえわざわざありがとうございます。お礼をしなくては、お名前は・・・」

「いっいぃです!滅相もない!!僕もう行きます!」

少年は物凄い勢いでカンナの申し出を拒否すると、大通りの人混みに混じって消えた。

彼がアスラな訳がないか。
似ても似つかない。

カンナは荷物を抱えると、今度はぶつからないよう前方に気を配りながら路地を進んだ。


彼女が屋敷に着く頃には、もうすっかり時間を過ぎていて
おまけに荷物は水びたしで、急いだせいで体中が汗ばんでいた。

大きく広い正面入り口をシカトしてそこから数十メートルは歩く裏口に回り込む。

もともと上流社会の家柄の屋敷が多いこの地区でも
カンナの勤める屋敷は一番の家柄だった。

カンナは王都一有名な騎士家、
由緒正しきベルフォルマ家の七番目のご子息
スパーダ坊っちゃん専属の侍女であった。





結局スパーダ坊っちゃんはその日の稽古をさぼったようだった。

時間になっても現れず、さらに執事長のお説教を一時間こってりと聞かされた後でも帰って来ないのだ。

あの人の事だ、また外で喧嘩でもしているのか
またはサボって昼寝でもしているか。

不良と名高い彼はベルフォルマ7人兄弟の中の問題児であった。

学校は行かない、家には帰らない、言うことは聞かない、
さらには外で喧嘩三昧。

これで異能者だとバレてしまった日にはもう・・・

カンナは少しヒヤリとした。


「全く、自己中だからホント困りますよ!こっちの身にもなれって感じですね。」

やっとの事で執事長から解放されたカンナは、休憩室の小部屋で、同僚の少女に入れてもらった紅茶を飲みながらはき捨てるように言った。

「確かに、スパーダ坊っちゃんは我が儘よね。気持ちはわかるのだけど。」

彼女はミナ。この屋敷の女中で、カンナの先輩。

「・・・・・・。」

カンナはバツが悪そうな顔をした。
彼が家に反抗する気持ちは痛いほど分かった。
末っ子に生まれた為に、受け継ぐものは何も無く、
せいぜい政略結婚の道具にされるだけ・・・。

ミナはそんなカンナを見兼ねてか、優しい声で言った。

「けれど、坊っちゃん。カンナがここに来てからは何故か生き生きとして見えるわ。」

カンナは顔を上げる。
それをみて微笑むと、ミナは続けた。

「お稽古だってあなたが来るまでサボっていたし、勉強もそう。
この間なんてあなたの言うことを大人しく聞いて、家族そろって食事までして・・・」

あの時は本当に驚いた。
ミナはそう呟く。

あの時は交換条件ってヤツだったんだけど・・・。
口に出せば必ず何を条件にしたのか聞かれるのでその言葉は心の中に閉まった。

「何より坊っちゃんもあなたといるときは心から安らいでいるみたい」

その言葉を聞いて、嫌な気はしなかった。むしろちょっとうれしくて自然と頬がはにかんだ。

カンナの様子を見て何かを思ったミナは意味ありげにニヤニヤする。
“あなたもまるで恋人の世話を焼く彼女のようね”
その言葉を必死に飲み込んだ。


「それにしても坊っちゃんの帰りが遅いです。そろそろ夕食の時間だというのに・・・」

窓の外に目を向けると、もう夕日が下町へ沈んでゆくところだった。
いつも遅くなるときは一声かけるのに・・・。

胸の奥が騒めくのを感じる。


ふと、部屋の外から騒々しい怒鳴り声が響く。
執事長の声だ。

「カンナ!!!!カンナはいるか!」

何事かとドアに近寄ると同時に執事長が勢いよくドアを開け放った。

向かいあった彼の顔は青ざめている。
カンナは一瞬で、ただ事では無いと悟った。

「カンナ・・・大変な事になった・・・坊っちゃんが、坊っちゃんが・・・」
いつもは威厳のある歳の暮れた執事長は、わなわなと震えていた。
「坊っちゃんに何かあったんですか!!?」

心臓が音を立てて波打つ。それと相反するように血の気が下がる感覚。

「坊っちゃんが・・・異能者捕縛適応法で、連行されたと・・・」

空白が訪れた。
その言葉にミナは息をのみ、カンナは息をするのも忘れた。

異能者捕縛適応法・・・。
カンナや坊っちゃんのような人知を越えた力“異能”をもつものを連行し、
無理やり戦争へ引きずり出されるか、わけのわからない研究の実験台にされるか。

どちらにしても捕まってしまったら最後。

そんな場所へ坊っちゃんが・・・。

だがカンナにはそんな場所から彼を救い出す方法を一つだけ考えていた。

カンナはなりふり構わず部屋を勢いよく飛び出した。

ベルフォルマ家で一度も足を踏み入れた事の無い、重い扉の部屋へ向かって。





そこはベルフォルマ家当主、つまり坊っちゃんの父親の書斎だった。

「断り無しに入るとは何事だ!!」

真面目そうな若い男は、部屋に飛び込んできたカンナに剣を向けた。
彼の秘書兼用心棒と言ったところか。

まぁ王都一有名な騎士家ベルフォルマ家当主である彼に、用心棒など必要無いだろうが。

カンナは今、その当主と向かいあっていた。
肩で息をしているあたり今部屋へ入って来たのだろう。

「お前は確か、あの愚弄息子の侍女だったか。何の用だ。」

渋みのある深い声が、嫌味混じりで面倒そうに響く。

だだっ広い部屋の奥の机に腰掛けている当主の男は、不機嫌そうに眉を寄せている。
坊っちゃんによく似た緑の髪には年を感じさせる白髪が混じっていた。

カンナは半年もこの屋敷に勤めて、一度きりしかこの男を見たことが無かった。

この男は滅多に坊っちゃんと顔を合わせ無いのだ。
言葉を交わしていたのを見たことがない。

「愚問です。それはあなたが一番よくわかるでしょうに、ご当主。完結に言います。スパーダ様を助け出して下さい。」

人にものを頼む態度ではないが、当主の目を見つめる眼差しは本気だった。

「貴様、口の聞き方を気を付けろ!」

彼の秘書である男がカンナの喉元に刃先を突き付ける。
だがそんな事は気にもならなかった。

「ヤツは異能の力を持った為に連行されたのだ。異能の力を持った者相応の人生を送ればよい。なぜ連れ戻す必要が有るのだ。」

淡々と話すその言葉はまるでナイフのようだった。
・・・あぁ坊っちゃんはこうやって傷つけられて来たんだ。

「あなたは、異能の力を持った者相応の人生が戦争で人を殺すか、実験台になる事だと仰るのですか」
声が震えた。頭に血がのぼる。

「又はアルカ等というくだらない宗教に入るかだ。どれにしても関係のないことだ。」

顔色ひとつ紡がれる言葉に、吐き気がした。
これが、ベルフォルマ家当主?
彼の父親?

「恥ずかしくは無のか!!!?あなた程の権力を持っているのなら、自分の息子くらい救ってやれるでしょう!!?」

「私はそういう父親なのだ。」

カンナは瞬間に腰のベルトに装着していた短剣と拳銃を抜く。

「貴様、自分の君主に剣を向けるのか!!!命は無いぞ!!」

秘書の男がカンナを押さえつけるが、ヒラリと身を交わす。
一瞬の状況を飲み込めない男をカンナは素早く何かを唱えると、どこからともなく現れた黒い渦で吹き飛ばす。

男は壁に打ち付けられ気を失い、倒れ込んだ。

「・・・お前も異能者だったか。丁度良い。そんなに愚弄息子と一緒に居たいのならお前もあそこに送ってやるさ」

当主は重い腰を上げ、剣の鞘を抜いた。美しい刀身が姿を現す。

カンナは、それを見て笑う。
廊下からはドタバタと大勢の人が近づく音がする。

「あなたを君主だと思った事は一度もない。

自分はベルフォルマ家に仕えていたのではなく、彼唯一人に仕えていました。

自分の君主はスパーダ。

今までも、これからも。」


そう言うとカンナは短剣を構えた。




to be continue No.2.

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