君のいる世界廻る星

□脱走奮闘記U
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一緒にいて、


話をする事、



それだけでいい、それだけで、充分









「イッタァァァァァ!!!!!」


カンナは悲痛な叫び声をあげて崩れ落ちた。
着地のさいに右足を強く挫いたようだ。

涙目でたった今自分が飛び降りた崖を見上げる。

上から覗いた時は10メートルはあると思ったのに、実際にはその半分も行かないくらいの高さで。

想定外の低さについ着地のバランスを崩したようだ。


挫いた足首が痛くて立てない。


「全く、お前は馬鹿なのか?」


案の定上からはリカルドの呆れた声。
カンナは逃げ出したあげく自信満々で崖から飛び降り自爆したので罰が悪すぎる。
悔しくてリカルドの顔なんか見れず、地面を恨めしそうに見つめた。

「大丈夫か」

続いて飛び降りて来たリカルドは見事に着地して、カンナの元へ近寄りしゃがみこんだ。
既に少し腫れたカンナの右足に触れる。

「アダァァァァ!!!!痛いですよッ!」

「騒ぐな。どうやら捻ったようだな。」

そう言ってどこからか包帯を出す。
手際よく手当てするリカルドに、カンナは苛立った。


何で逃げた事を責めないのか。

黙って手当てするのか。

まるでこれじゃあ自分が情けなくて仕方ない。


「怒らないんですか」

カンナの吐き捨てた言葉に、リカルドは一瞬目線を上げ直ぐに戻した。

「怒られたいのか?」


沈黙。
リカルドは気にせずにカンナの足に包帯を巻く。


なんだこの状態は。

後味と居心地の悪さがカンナの瞳を泳がせる。


リカルドはふいにため息をついたと思うと、面倒くさそうに眉間にシワを寄せた。


「そもそも、だ。軍学校に通っていたお前が何故戦場に行くのを嫌がる。遅かれ早かれ、駆り出されるはずだろう」


確かに。


「でもそれは自分の意志ではなく、義父に無理矢理入れられただけで。」

「嫌なのだったら何故大人しく従ったんだ。・・・お前はただ気に入らない事を都合良く押しつけているだけだ」


冷たいリカルドの言葉に、少しだけ顔が歪んだ気がする。


事情も何も知らないくせに。



「じゃあ戦場に行くの嫌なんで、家に帰してください。」

「お前はガキか」


「はぁぁ!!?何なんですかあなた!言ってる事矛盾してますけど!!!?」


ヒートアップするカンナをよそに、リカルドは平静。

「矛盾などしてない。俺はお前を無理矢理でも連れていく。それだけだ。」


カンナはイライラとムカつきが重なり、口をぱくぱくさせた。

怒鳴ってやりたいが言葉が上手く出て来ない。


「立てるか。」

どうやら手当てが終わったようで、リカルドは仏頂面で立ち上がる。

カンナは正直、命令口調にイライラしたが、包帯を巻かれてから痛みも気にならなくなってたので試しに立ち上がってみる。


「・・・おぉ、痛くない!!!!」

両足で地面に立つ。さっきあんなに酷い痛みが今は嘘のようだ。
流石に捻ると痛いが、普通に歩くのには問題ない。

「応急措置だ。車についたら、薬を塗ってやる。・・・行くぞ」


「・・・行かないですよ。」


お互いがお互いを見つめ合って五秒程経過後、リカルドがもう一度静かに言った。


「馬車を待たせてあるんだ。さっさと帰るぞ」

「嫌ですってば!戦場には行きません。あなたとなら尚更!」

カンナは一歩後ずさり。
リカルドはお前がその気なら、望む所とでも言うように余裕の表情で銃に手をかける。


あれやこれやと打開策を考えてみるも、立場はどう考えても劣勢。

カンナにはどうするすべも無く、ただリカルドを睨み距離を守るべく構えるだけ。


「手間のかかるガキだ。先が思いやられる。」

「えっわっああああああ!!!!」


リカルドが急に掴みかかって来たと思えば、視界がぐるんと回転する。

「ちょおぉ離して!下さいっ!大声出しますよ!!!!」

頭に血がのぼって気持ち悪いので必死に上半身を跳ね上げて起こし足をバタバタさせる。

「もう出してるだろう。」

が、軽々しくそんなカンナを担ぎ上げるリカルドは鬱陶しそうに眉をひそめるだけ。


「ああああっもうっ!」



戦ったら負けるし、逃げても捕まるし、叫んでも離してくれない。


「この世は理不尽です・・・自分だけ・・・不幸だ」


「・・・・・・・・」


何とか言えよ、と心の中で悪態つきながら、ふつふつと湧き出る言葉を続けた。


「両親がいなくて、損得にしか興味の無い義父に引き止られて、行きたくもない軍学校に通わされ、結局戦場に送られて

自分の人生って何なんですか?人の言いなりになる事ですか?

なんでこんなにつまらない人生なの、そんなの・・・悲しくなります・・・」


カンナは少しうるっと来て、リカルドのコートで涙を拭う。

彼は反応なしだったがふいに肩が大きく揺れたと思うと長く大きなため息をついた。


「お前は何故そんなに悲観的なんだ。
孤児でも世話してくれる人がいて、家も有り食に困らず、さらには学校にまで通って読み書きができる。
それがどれだけ恵まれた事かわからないのか?」


「でっでもそれは・・・あの人が、自分の為に!!!」

「自分の出世になぜお前が関係あるんだ。お前の義父は自分の後を継いでほしいだけだ。
そのために俺を雇ったんだよ、戦場でお前を守る為に。」



この人の言うことはもっともで、

たしかに自分は孤児だけど。

自分よりも不幸な人はいっぱいいるけど、


でも、でも、


自分が望んでいた未来は戦場に生きる事なんかじゃない。


「そんなの・・・そんなのあの人のただのエゴですよ!!どっちにしたって自分の事しか考えてない!!」


リカルドは急にぴたりと静止した。
と思うと、肩に担いだカンナは地面に下ろされる。

驚いてリカルドを見上げると目が合った。

それはカンナを慰めるような優しいものではなく、
幻滅したみたいに冷たい眼差し。

「全て他人に非を押し付け満足か?周りの大人がみんな可哀想な自分を守ってくれると思うなよ、俺はそんなに甘くない」

「なっ!!?」


「自分の非を認められない人間は一生成長できない。お前みたいにな」


リカルドはそれだけ言うと、カンナを置いて一人で歩きだした。

「ちょっちょっと!!!!どこ行くんですか!」


「馬車を待たせてあると言っただろ。じゃあな、自己中のガキ。お前は自由の身だ。俺はこの仕事を降りる、ガキの愚痴を大人しく聞いてやれるほど優しくはないんでな」

まさかのリカルドに、カンナは言葉を失った。
リカルドは少しだけ、一瞬目が合うくらい振り向いて、口を開いた。


「真っ直ぐ家に帰れ。そして明日からまた何時ものように友達のいない学校へ通うんだな」

それだけ言って、広い歩幅であっと言う間に森へと消えた。


「あぁ、良かったですよ、あんな陰険な奴消えてくれて・・・気が晴れましたよ、ほん・・・と・・・」


カンナはリカルドを見送ると、その方向を睨みながら言った。
だが言葉とは裏腹に、涙が一粒流れる。



何故か怒りじゃなかった。


きっと彼の言った言葉が全て本当の事だとわかっていたから。

だから、悔しくて堪らないのに、

涙が出るくらい悲しかった。



最初からわかってたんだ、
自分が駄々をこねたところで何も変わらない事も。


自分勝手なのは、殻に籠もって他人の言葉を耳に入れない自分だって事も。


だけど、久々に自分の駄々に困るあの人を見て、
嬉しくなって
また駄々をこねて、

そして結局


また独りぼっちになった。



「嫌だ・・・学校に戻るのは、」


また独りぼっちだから寂しい。

壊れてしまったのかと思うくらいに涙がこぼれるのを自分でも驚く。

そうかどうやら情緒不安定なようだ。

きっと思春期だから。

と、気分台無しに自己整理していると、ボソボソと誰かの話声が聞こえる。


なんとなく、草の茂みから覗いてみると見知らぬ男達が数人。


「あの馬車、けっこうな積み荷付けてるみたいだ。」

「武器もあったしな」

「あぁ、それにあの食糧なら1ヶ月は持つな」



・・・・馬車って・・・・積み荷って・・・・・・。


まさか?







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