君のいる世界廻る星

□No.20
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ゴゥゴゥと轟くエンジンとプロペラ音に、甲板にいた一同は一斉に空を見る。



十メートル程後方の空には見覚えのある円形のロボット。

スパーダが目を細めて

「あれは、ナーオス基地でみたやつじゃねぇ?・・・・空まで飛んでやがる。」

とつぶやいて間もなく、空に浮くロボットからミサイルが発射され、船が爆発と共に大きく揺れた。


「!!貴様、何の真似だ!搭乗しておるのは、わが一族の者だな!」


揺れる視界に、凄い剣幕で怒鳴るガードルの姿が映る。

ボロボロだった筈なのに、まだあんな力が残っていたのかとカンナは驚く。

まぁ、そこは神なのでとスルーしながらも天の機械を見上げる。
それのコックピットからは確かに、グリゴリの男性が座っていた。

「クハハ!ガードル!お前はもう時代遅れなんだよ!地上を守るいしずえだと?我等の力、金や権力のために使わなくて一体どうしようと言うのだ!」


ただならぬ雰囲気の掛け合いに、カンナを始め一同は、息をのみながら見守る。

仲間割れ?



「おのれ、枢密院あたりにそそのかされたか?」


ガードルはグリゴリを厳しく睨みつける。

だがグリゴリは自らの長の凄みにも動じない。まるで何かに取付かれたようだった。


「これから我等の長はオズバルド様に取って代わる!我等一族が表社会に出るときが到来したのだ!」

オズバルド。聞きたくもない名前にカンナの表情は自然と曇る。

「あんな腐った豚野郎が長ですって?」

こんな時までカンナに後ろのアンジュが、言葉使い、と注意した。
が、カンナは聞き流す。


「笑わせますね。あなた達が表舞台に出るって?どうせあいつに良い駒として利用されて、使えなくなれば平気で踏み躙る。そんな男なんですよオズバルドは!」


「黙れ!!!お前のような小娘などには関係ない!!!!!」


カンナ達めがけ、急に上空からの乱射。

アンジュのとっさのフィールドバリアで難は逃れたが、奴のパワーはナーオス基地で戦った時より数段強化されているのが分かる。


「全く話を聞かない。相当あの豚野郎に染められてますね」


「・・・恥を知れ、よりによってあんな俗物に取り込まれようとは・・・」

ガードルは静かに、けれど沸々と怒りを沸き上がらせながら言って、ゆっくりと空へ浮上した。


「兄者!」

自分達との戦闘でガードルは随分と体力を消耗している。傷だらけの背中を見て一抹の不安を抱いたリカルドが兄を呼んだ。


ガードルは振り向かない。


「・・・一族の尻を拭うのは、長の仕事だ。」


鎌を構えると、ガードルはグリゴリの乗る兵器へと向かって行った。



「・・・・愚か者!そこへ直れ!」






一瞬だった。



一線の閃光がガードルの胸を貫いたと思うと、

ガードルはゆっくりと力を無くし、落ちてゆく。


本当に一瞬の出来事なのに、カンナにはまるでコマ送りのように見え、息をするのも忘れた。



リカルドの叫びが響いた。


ガードルは空から消えていて、ルカやイリアがすぐに海を覗き混んでいたが結果は言わずと知れていた。


最後の神様が、死んだ。



あんなにも呆気なく、


必死に守ってきた一族の者の手にかかって、

ガードルは、殺された。


足が地面に張りついたように動けなくて、カンナはただ、表情の見えないリカルドの背中を見つめた。


「貴様もすぐ、後を追わせてやる!」



「・・・・・ほう、貴様こそ、棺桶はその鉄屑で構わんな?まぁ、クズにはお似合いか」


リカルドの怒りに震える声が響く。

彼から溢れでる殺気が恐かった。
あんなに怒るのを見たのははじめてだったから。



空気がビリビリと震える。

リカルドに、遠き前世での姿がブレたように重なる。

そこからはまるで残像で、幻を見ているようだった。


一人の死神の鎌が、敵を捕えたと思うと、

次の瞬間には空で花のように散っていて、

その暖かい爆風がカンナの髪を絡め取った。



次に見えたのは火花と残骸が降る中に立つリカルドの背中で、どことなくうなだれる姿にカンナは何と声をかけていいか分からなかった。

それはみんなも同じようで、誰一人言葉を発しなかった。


それなのに強い悲しみばかりが空気を伝って、ただ、命の重さを刻み付けられるだけで。



命は、重い。


簡単に奪っていいものなんかじゃない。

簡単に選んでいいものなんかじゃない。



リカルドはしばらく、ずっと遠くの海を見つめていた。



「なあ、ウチ、よーわからんかってんけどさっきのおっさん、悪い人やったん?」


エルマーナが、何故か申し訳なさそうに呟く。

アンジュはエルマーナを優しく撫でながら淋しそうに小さく笑う。


「いいえ、きっといい人だったのよ。リカルドさんがあんなに悲しんでるもの。」








「そろそろ船を止めて、ボートで上陸する。」


葬儀中のように、重苦しい空気の部屋に、リカルドが唐突に入ってきた。

カンナは、彼に何と声をかけて良いのかわからない気まずさから一瞬ビクリと震える。

が、リカルドはそんなのは気にせずに至ってケロッとして部屋を見渡す。


「みんな揃ってるな。降りる準備をしろ。この先は戦地を抜ける事になる。厳しい陸路になるだろう」

そんな彼に、呆気にとられたのはカンナだけでは無かったようで、安心したのかイリアは無駄に大きな声で返事する。

「うっしゃあ!何があったって平気平気!リカルド、あんたも頑張りましょ!」

スパーダも続く。

「ああ、そうさ。寧ろ、おっさんのアンタの方が先にへばんじゃねーのか?」


二人の精一杯の励ましにリカルドの口元が緩んだ。


「フン、見くびってくれる。ガキどもに戦場でのイロハをその身に叩き込んでやる」


やっぱり嬉しかったのでカンナもにやりとする。


「出ましたよ生粋の軍人気質。そうなると死ぬほどダルいですから、皆さん覚悟しといたほうが良いですよ」

「えぇぇ・・・しんどいのイヤやなぁ〜……」

「大丈夫よ、エル。リカルドさんは大人だから、わたしとエルぐらい負ぶって連れて行ってくれるって」


「ラルモはともかく、セレーナは……」


リカルドにアンジュの刺すような目線が突き刺さる。

「リカルドさん。わたしは依頼人です。おぶりなさい。」


「……すまない。失言だった」




ぎこちない空気もいつのまに溶けて、いつものような温かさが流れる。

リカルドが、きっと気を使ったのだろう。

カンナは軽く言葉を交わし部屋を出たリカルドを追った。




「先輩・・・!」


ゆっくりと振り向くリカルドは、やっぱりいつものリカルド。

彼は大人だ。

自分の兄と慕っていた者の死にも動揺する事無く一同の保護者役として責任を持っている。


先輩だって辛いんだ・・・・
本当なら泣き叫びたいくらい悲しいに決まってる。


それなのに頼ってしまうのは、自分が情けないくらい弱いから。


「・・・カンナか、どうした」


「あの、さっきの事・・・・すみませんでした・・・」


しばらくの沈黙、後、ため息ひとつ響く。


「お前に謝られたってしょうがない。お前は悪くないだろう」


「でも、実際には、危なかったわけだし・・・」

「おかしな奴だな。責められたいのか?」


カンナは押し黙る。
どんな謝罪にも意味は無いことなどわかっていた。

だだ、不安で怖い。
こんな事を話しても何の救いにもならないだろう。
けれど勝手に口が開いていた。



「夢の中に、よくシオが出て来て・・・今回も・・・また・・・。

金縛りみたく、体の自由がきかなくて、

手が、勝手に・・・・・・。」


カンナはそこで区切り、泣きそうな顔でリカルドを見上げた。

「・・・・いつか、シオに体を奪われたらどうしよう・・・先輩・・・、スパーダや、みんなを傷つけて、殺してしまったらどうしよう・・・」

リカルドは眉を寄せ、軽く、カンナの頭を叩く。


「そんな事あるか、寝呆けてるだけだろ。いらん心配をするな」


「で、でも・・・!」


「こんな話がある。ある医者が、患者には熱い溶岩だといって、患者の腕に小石を乗せる。」


「・・・・え?」

突然、何の関係もない話を始めるリカルドにカンナは首を傾げる。

「まぁ、最後まで聞け。で、もちろんそれは溶岩でも何でもないただの石なんだがな、医者はそれを溶岩だと患者に思い込ませ続けた。するとだな、その患者の腕には酷い火傷の症状が現れた。」


やっぱり、リカルドがなぜそんな関係のない話をするのかその真意がわからない。

「つまり・・・??」

「つまり、だな。思い込みの力だ。ただの石を溶岩と思い込む事で、脳がそれに強く反応し、熱くもないのに細胞が崩壊し、火傷を起こした。」


「・・・じゃあ、先輩は、居もしないシオに体を奪われるって思い込んでるだけで、本当は何もないと行いた員ですね?」


心なしかカンナは少しムッとする。

「そういうケースもあるぞと言いたかっただけだ。あとは二重人格なんてのもあるな。」

「だからっそれじゃあただの精神異常者じゃないですかっ!」


「・・・・違ったか?」


リカルドのふざけた態度に、カンナは彼に話した事が何だか馬鹿らしくなってくる。

「もう、いいです。先輩に話した自分が馬鹿でしたよ。」


踵を返し、背を向けたカンナ。
リカルドの言葉がそれを追い掛けた。

「カンナ。・・・気にするなよ、強く持て、自分を。」


ピタリと、止まって、振り返る、その表情はやはり不安げだが、小さく頷いた。
そのまま、みんなの待つ部屋のドアを開けたとき、何かを思い出したみたく、振り返った。

「あ、と・・・・先輩。戻って来てくれて、ありがとうございます。」


その後、ニヤリとはにかんでそのまま部屋へと消えた。



リカルドはきょとん、として、そのあと声を噛み殺しながら笑った。

「・・・気を使わせたな」


一息つき、窓を見る。
遠方には大陸の影。

・・・。



『いつか、体を奪われたらどうしよう』



「さて、どうしたものか」



先ほどはああ言ったものの、カンナの中に潜む“何か”はどうやら無視できる存在ではなさそうだ。


カンナに首を絞められたあの時、
泣き叫ぶカンナに誰かが重なった。

美しい女性の影が。


そのあまりの美しさに、俺は恐れた。


話を聞くかぎり、カンナとシオひとつの体を取り合っているのは確からしい。

そして、カンナはそれに押されて来ていている。


「わからんよ、どうすればお前を守れるのか。」



けれど、ひとつ、気になる事がある。



それが、小さな光となるかもしれない。








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