君のいる世界廻る星
□No.22
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そこは戦場だった。
敵も味方も地面に伏せ、まさに地獄絵図のよう。
死体の敷き詰められた荒野の中に生きた者は二人だけ。
お互い、返り血を全身にびっしょりと浴びて。
「馬鹿な子ね、アスラ。貴方の妹は朝になってももう現れないわ。私は完全になったの、
もう、眠る必要もなければ、体を借りる必要もない。」
シオは、笑みを浮かべてそう言った。
アスラは何も答えなかった。
だが同時に、彼の愛剣であるデュランダルを強く握り締める。
「あの子の魂はね、私の魂に取り込まれたの。だから新しい神として転生もしない。
アスラ、もうあなたの最愛の妹には永遠に会えないわ
いくら後悔しようと、怒りに震えようとね」
『ならば、貴様を生かす必要も無くなったと言う事』
アスラの手からデュランダルが勝手に離れ、
その体を遠心力で無理矢理振り回しながら、シオへと向かって行く。
「あら、怖い」
シオがそう呟くと同時に、彼女の目の前でデュランダルは地面に叩きつけられる。
『・・・貴様は・・・ゲイボルグ』
その刀身を挟まれるようにしてゲイボルグに押さえ込まれたデュランダルは静かにそう漏らす。
『エゴの塊っつーのは、お前等の事を言うみてぇだ。アイツの為だとかほざきながら、アイツの気持ちを踏み躙った。』
『・・・貴様に、何が分かる・・・。貴様如きに・・・』
『テメェの気持ちなんか知ったこっちゃねぇんだよ。
お前を想って、シオは泣いた。
お前の名を呼んで、シオは消えた。
そしてお前はシオを救えなかった。それだけだ』
「黙れ、命を奪う事にしか興味の無い鉄塊に説教される筋合いはない」
デュランダルが振り上げられ、ゲイボルグが宙に舞う。
アスラがそこを追撃しようとさらにデュランダルを構える瞬間、
宙に舞う、ゲイボルグにシオが触れた。
「私の知らぬ間に、随分とあの子にご執着だったみたいねゲイボルグ」
『・・・・・・・・。
今日は暴れたくて仕方ねぇ、ちょっと付き合えよ』
「・・・本当、私より血の気が多いのね。そこが気に入ったのだけど」
シオは宙でゲイボルグを構えると、そのままアスラを突くように地へ急降下する。
アスラがデュランダルでそれを受け止め、
二つの生きた武器がぶつかり合う。
『ヒャハハハ!その通り、俺達はただの鉄の塊。命を奪う事でしか存在する価値がない、そうだろデュランダル!』
『・・・その通り、我らは剣、
人の頭脳では無い、人の心では無い
故に・・・人を愛する事も・・・・無い』
◆
まるで夢でも見ていたかのように、気付くとまた、湿原にいた。
・・・・・今のは・・・・
「魂が大地に還ったのか?なぜだ?」
リカルドの言葉にはっとして、スパーダの足元に視線を落とす。
先ほどの肉塊は、もう無くなっていた。
「あの、今の・・・」
「あ?今のってなんだ?」
カンナはスパーダを見上げたが、どうやら今の記憶はスパーダには見えていなかったらしい。
・・・どうやらそれは他も同じで。
「天上が無くなったからじゃないの?」
「だから大地に魂が降りてきた、という事か。ありえん話ではないが……」
「でもさっきの死体の言葉じゃ、ここを天上だと思ってたみたいだけど?」
一同、頭を抱える中エルマーナの唸り声が響く。
「なんやろ…なんか、思い出しそう……
天上…ここが、天上?いや、でも……ぶつぶつぶつ…」
何か考えているようなのだが、違和感MAXである。
ルカには何となく予想がついていたが試しに聞いてみる。
「エル、どうして"ぶつぶつ"って言ってるの?」
「何か、考え事してるっぽいやろ?この方が」
あの映像がみんなにも見えていないとしたら、自分の記憶の蓋がまた少し開いたのだろう。
厄災がシオの体を完全に取り込み、勘全体になった時の記憶・・・
少しだけ垣間見えたゲイボルグとデュランダル。
エルマーナではないが、何か大切な事を思い出せそうな気がする・・・
ただ、シオを客観的に見ることは出来ても、
感情まで思い出せない。
カンナはもどかしさに拳を握る。
何か、打開策が記憶の隙間に落ちている気がするのだ。
「カンナ、どーしたんだよ」
スパーダが肉塊の消えたジャケットを羽織り直しながら、カンナを覗き込む。
「いや・・・大丈夫です」
わざわざスパーダに報告する事でもないだろう。
カンナは純粋にそう思い返事を返す。
すると顔を大きく歪める彼。
「お前もかよアンジュと同じだな。」
そう言って指差す。
その方向を目で追うと、ぼんやりと遠くを見つめて突っ立っているアンジュ。
心配するルカやリカルドの言葉にも、どこか上の空ですり抜けている。
・・・もしかしてアンジュも、さっきの見えてたんじゃ・・・。
カンナはひっそりとアンジュのもとへ向かった。
「あの、アンジュ・・・もしかしてですけど、さっきの・・・見えました???」
「んー?さっきのって?なぁに?」
「いやだから・・・さっきの、前世の記憶・・・!」
そう口にしたとたん、アンジュの顔色が変わった。
それに驚いて口をつぐむと、アンジュはニコッといつものように微笑む。
「うーん、何の事だろう?わかんないかなごめんね」
そう言って、さっさと言ってしまう。
聞かないでね、関係ないでしょう?
そう突き放された気がした。
カンナはしばらく怯む。
アンジュという人間は
誰にでも平等に優しく、人の気持ちの変化に誰よりも敏感。
そのくせに、自分の核心には壁を張っていて近付けさせない。
一番近くにいるようで、実は誰よりも距離がある。
それを目の当たりにされた気がした。
だが、恐らくあの場でアンジュが何かを思い出したのは確かだ。
カンナはアンジュの背中を見つめた。
現世に生きながら前世の記憶を引き摺る者は多い。
実際に、チトセやリカルドなど近くににいる人だってそうなんだし
もしかしたらアンジュも心の奥では、前世のしがらみに縛られているのかもしれない。
いや、前世から完全に解放されている転生者などいないか。
カンナは、仲間達の背中を見送る。
だから自分達は、一緒にいるんだから。
カンナも遅れて一向を追い掛ける。
さぁ、もうすぐ出口だ
◆
レムレース湿原を抜け、北の戦場に足を踏み入れる一歩手前で日が沈み、
一向は最後の休息をとっていた。
男女ひとつずつテントを張って、それぞれがもう眠りについている。
その中でリカルド一人、焚き火の火を見つめながら外で黄昏ていた。
直後、もの音に振り向く。
「オッサン、まだ起きてんのかよ。」
「ベルフォルマか。ガキはさっさと寝ろ。明日からは戦場だ舐めてかかると命は無いぞ」
「マジうっせぇな。説教しか言葉思い浮かばねぇの」
そう皮肉を吐きながらも、リカルドの直ぐ隣に腰かける。
暫くの沈黙、後、リカルドが口を開く。
「・・・どうかしたか、」
「いや、別に・・・」
といいつつ、チラッチラとこちらへの視線を向けてくる。
「何なんだ・・・・・。カンナの事か」
カンナの名を聞いて、スパーダはバツ悪そうに頷いた。
「あいつ・・・最近変じゃねぇ?ぼんやりしてるし、何も言わねえし、元気もねぇ。」
「さぁな。本人に聞いてみろ」
「何回も聞いてるっつの。あいつなんも言わねぇよ」
また少しの沈黙。
「なぁ、リカルド。あんた本当は何か知ってんじゃねぇの?」
スパーダの真っ直ぐな目。リカルドは表情変えず応える。
「何を根拠に」
「あんただけカンナを見る目が違う。見張ってるような、そんな感じだ。」
リカルドは少し驚き、目を見開くと小さくため息つく。
「よく見ているな。」
「まぁ、実際、船で二人が何か深刻そうに話してんの見たってのもあんだけどよ」
探るように見るスパーダ。
リカルドは何となく、その視線には嫉妬心も交ざっているのを感じた。
「お前はどう思うんだ。思うところがあるのだろう。」
・・・・。
思うところといえば、ひとつしかない。
彼女の前世、シオの事だ。
最近になって少しずつ思い出す、殺戮に目覚めてからのシオの記憶。
敵味方構わず、視界に入るもの全ての命を奪う。
血走った瞳も
大きく歪んだ口も
かつての美しく優しい彼女を奪った憎きもう一人のシオ。
思い出し存在が明らかになるたびに思う、
圧倒的な悪意。
カンナが心配しているようにもし、また取り込まれてしまったら、
俺は・・・・・・・・・。
「前に船でリカルドが襲われた時、あいつの姿にシオが重なって見えた。多分、俺だけじゃないはず・・・。
シオはあながち、無視出来ない存在になって来てるんじゃないのか?」
「・・・・。時間がないのは確かだ。俺達も早く創世力を手に入れなければ。」
リカルドは自分の首に触れる。
「最悪、死者が出るかもしれん」
あの力・・・
リカルドひとりでは到底太刀打ちできる相手じゃない。
完全にカンナが飲み込まれてしまった時
半端な応戦では殺される。
「俺達が死ぬか・・・カンナが死ぬか・・・」
「舐めた事ほざくな!!!そんなんどっちも許さねぇ!!!!」
興奮して勢い良く立ち上がるスパーダ。
今にもリカルドに掴みかかろうとしている。
「当たり前だ。何としてでもカンナの覚醒を阻止する」
一瞬の間をあけ、どことなくリカルドの表情が歪んだ。
「その為に、カンナを一時離脱させよう。テノスに置いていく。これ以上俺達と記憶探しの旅を続けるのは覚醒を早める行為でしかない。
お互いが傷付かないためには、それが良いんだ。」
リカルドが真面目にこんな事を言うのが信じられなかった。
臭いものには蓋をする。
そんなの、前世でシオにした仕打ちと同じだ。
結局どっちも傷付いて、
次会う時はもう声は届かず、
謝罪も出来ず、殺したんだ。
「そんな事絶対許さねぇ・・・今さらここまで連れて来て置いていけるかよ!!!」
「何も一生の別れになるわけでも無い」
スパーダはとうとうリカルドに掴みかかった。
「その一瞬の別れが一生の別れになる事だってあんだよッ!!!」
興奮して胸ぐらを掴むスパーダの手を、リカルドは無理やり払いのける。
そしてため息を吐く。
「少し頭を冷やせ」
そう言うと、リカルドはルカとコーダの眠るテントへ消えた。