こんなシスターは嫌だ

□逆上がりが出来ないシスター
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*逆上がりができないシスター



夏の凄まじい暑さが去り、爽やかで過ごしやすい季節になった。スポーツの秋ということで、
外で体を動かすのが大好きな子どもたちのために、最近は連日体育の授業が行われている。
今日は鉄棒の練習だ。
逆上がりができない鉄人兄弟の居残り練習に付き合って、リクルートは横であれこれ指導している。

「お前たちもなー。シスターのおかげでそれなりに筋肉ついてるんだから腕の力だけでも体持ち上がるだろ。
後は蹴り上げる勢いでいけるはずなんだけどなぁ」
「無理だよー」
「出来ないよー」

鉄棒を握る手を順手にしたり逆手にしたり、ある程度上がったところでお尻を押してやれば二人とも回れるのだが、自力ではどうしても出来ないらしい。

「泳ぎのときと一緒で、やっぱりその重い仮面がいけないんじゃないのか?」
「「リ、リクさんはやっぱり研究所の回し者なんだぁ〜!!この仮面を外させようとするなんてー!!!」」
「何でそうなる!?」


少し離れたところから、相変わらずの授業風景を眺めているシスターに気づいて、リクルートは声をかけた。

「せっかくだから、シスターやってみてくださいよ」
「だいぶ昔にやったことがあるような無いような…こう、後ろに回ればいいだけか?」

シスターは、トレーニングの際によく懸垂をしているシスターにしか手が届かないような特製の鉄棒に手を掛け、
逆手で構えた。

「ほら、シスターのお手本よく見ておくんだぞ」
「「はーい!!」」

じゃ、シスターお願いします。とリクルートに促され、シスターはブーツで軽く地面を蹴った。
丈の長い修道服がヒラリと風に翻る。
目を輝かせて見つめる子どもたちの前で、大きな体がグルッと回った、
に思われた次の瞬間、蹴り上がったのと同じ勢いでブーツの足がドスッと重い音を立てて地面に落ちてきた。

「シスター!?」

まさに目を疑う光景だった。
まさか、シスターが逆上がりを失敗するなんて。
シスター自身も予想していなかった事態なのか、呆然と鉄棒を握り続けている。リクルートは慌ててフォローを入れた。

「ひ、久しぶりだからですよね、シスター。勘が戻れば大丈夫でしょう!?」
「…そうだな、もう一度」

今度こそと気合を入れて蹴り上がったはずが、また回りきれずに落ちてきた挙句、
更に勢いが良すぎたのかドスンと尻餅までついてしまった。

「「シスター!!」」


駆け寄った鉄人兄弟に、私は大丈夫だと声をかけて立ち上がった瞬間、シスターは目が合ってしまった。
こらえきれずに、ぷぷぷっ、と噴き出して口を掌で押さえているリクルートと…  
シスターの意識はそこまででレッドアウト。
昏倒したシスターの頬から激しい出血が始まり、地面には血だまりが広がっていく。
リクルートは慌てて駆け寄って介抱したが、失敗して無様な姿を皆に見せてしまったショックと、
それをリクルートに笑われてしまった二重のショックのせいだろうか、シスターの傷はなかなか癒えずに血を流し続けた。



それは先週の出来事で。
以来、シスターは鉄人兄弟とともに逆上がりの練習に励んでいた。
巨体を持ち上げるには腕力がもっと必要になるのでは、と並行して腕の筋トレを、普段の倍近い時間と負荷をかけて行った。
練習と筋トレと、リクルート先生からのありがたい助言…腕を伸ばさずに、曲げてしっかり体にひきつけること。
そして前方ではなく自分の頭を蹴るようなイメージで蹴り上げることなどを守ったおかげだろうか、
シスターも鉄人兄弟も無事に逆上がりをマスターした。
シスターの巨体がふわりと宙に浮き、くるりと一回転することに成功できたとき、リクルートは割れんばかりの拍手を送った。
失敗を笑ってしまったこと、それを見られてシスターを傷つけてしまったことに気が咎めていたのだ。
そして、逆上がり成功の後ギャラリーを振り向いたシスターの眼差しはあきらかに
「褒美はわかっているだろうな」と語っていて、リクルートは苦笑いした。



夜更けの教会、シスターの部屋でさんざん「ご褒美」を貪られリクルートはぐったりとベッドに伏せっていた。
非常に疲れた。でも、逆上がりができなかったり、一生懸命練習して、出来るようになってあんなに上機嫌になるなんて
シスターにも可愛いところがあるじゃないか、と恋人の新たな一面を見つけたリクルートも疲れさせられたわりに気分は悪くなかった。

だから、シャワーから戻ってきたシスターを「今日は泊まってあげますよ」と笑顔で迎え、
でもこれ以上はしませんよ眠るだけです、と釘を刺してからベッドの端に寄ってシスターの場所を空けた。
嬉しそうに上がりこんできたシスターに抱きしめられ、巨体の下敷きにならないように横向きで横たわる。

「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」

挨拶を交わして、目を閉じて。閉じた瞼に唇が押し当てられるのはくすぐったくて恥ずかしい。
そしてシスターの腕に軽く頭を載せて…シスターにはっきりと言ったことはなかったけれど、腕枕をしてもらって眠る体勢が実は気に入っている。
リクルートはいつものように、持ち上げた頭をシスターの腕に預けようとして…ずるりと滑ってシーツに落ちた。
いつもと違う感覚を不思議に思ってシスターの腕を見ると…もともと逞しくあった上腕がますます逞しくなっている。
今までの1.5倍ほどの盛り上がりだろうか。

「シスター、この腕…」
「ああ、短期間にしてはよく付いただろう。早く逆上がりが出来るようになりたくて、必死で鍛えたからな」

シスターは、満足そうに腕を叩く。そうだ、逆上りのために最近やたらと筋トレを…

「…シスター、『過ぎたるは猶、及ばざるがごとし』ってことわざご存知ですか?」
「知っているが、鍛えることは何も悪いことはないだろう?」

不思議そうに見上げてくるということは、シスターは気づいていないのだろう。
リクルートは残念そうに目を伏せ、隆々とした腕の筋肉をそろりと撫でた。

「俺、好きだったんですけど。シスターの腕枕」
「…?」
「シスターの腕、こんなに高さがあって、堅くって。これじゃもう枕になりませんね」
「……!!!」


ううっ、といううめき声とともに、シスターの頬の傷が開く。
慌てて手近にあったタオルを当て、シーツを血で汚さないようにして…
これも元々は、シスターに逆上がりをさせようとした、そして失敗を笑ってしまった自分がいけないのだろうか、とリクルートはがっくりと肩を落とした。



逆上がりが出来なかったり、出来るようになったのに筋肉つけすぎでリクルートを悲しませてしまったり、
どう転んでも残念なシスターなのでした。

………
(2012/10/19)



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