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□11月8日は。
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11月8日の朝のこと。
リクルートは起床後の習慣で、パソコンの電源を入れメールをチェックした。
会社から来ているメールに目を通し必要なものには返信をして、次に何気なくツイッターの画面を開く。
自身がツイートすることはほとんどないが、ニュースや話題の出来事がまとめられているものが配信されたり、
自社製品や新事業のことが話題に上がっていることもあるので専ら情報収集のためにユーザーになっているのだ。
タイムラインのツイートを眺めているうちに、「トレンド」…いま現在、多くの人がツイートしている言葉が自動的に抽出されている項目…で
挙がっている言葉のうちの一つが目にとびこんできた。


「いいおっぱい」


―――なんだこれは??朝っぱらからこんな言葉を、大勢の人がツイートしているというのか。
一体どういう状況なんだ…?

ちょっと性的なその言葉にリクルートは頬を赤らめ、好奇心からクリックしようとして…
いやいや、こんな爽やかな朝にどうして俺はこんないやらしそうな言葉をクリックしようとしているのだ、と
思い直し首を横にぶんぶんと振るとそのままパソコンを閉じてしまった。
この時にこの場でクリックしておけば…と、後に悔やむことになるとは知らずに。




その日の夜。
パソコンでの仕事を終えたリクルートは、最後にメールとニュースサイトに目を通した。
そして何気なく開いたツイッター。トレンドの部分に、朝と同じ言葉があがっているのを見つけた。

――なんなんだ、一体。もしかして一日じゅう話題になっていたのか?

もう夜だしいいだろ。と、最初から誰が咎めているわけでもないのに不必要な許可を自ら出して
そして内心は興味津々でその言葉をクリックしてみる。


「…なーんだ」

思わず、落胆のつぶやきが口から漏れた。
『11月8日→1108→いいおっぱい』
要は、語呂合わせで『11月8日はいいおっぱいの日』というわけだったのだ。
たったそれだけ。
なーんだ、なんだ。ただの語呂合わせの「今日は何の日」だったのか。ああ、ドキドキして損した。

「…何が、なーんだ、なのだ?」

突然背後からシスターに声をかけられ、リクルートは驚きでビクリと肩を震わせる。
振り向くと、風呂上りのシスターがタオルで頭を拭きながらこちらにやってくるところだった。
なんというタイミングの悪さだ。
昼間、たまにはドラム缶ではない湯船につかりたいものだとつぶやいたシスターに、
じゃあうちのでよければどうぞ、と風呂を提供していたことを仕事に夢中になっているうちにすっかり忘れていた。

シスターは下こそ軍服のズボンを履いているが上半身は裸のまま。
白い肌はほのかに赤く染まりいつもより濃い色に見える金髪の、毛束の先に湯上りの滴を光らせている。
無駄に色気を振りまきながら歩いて来るが、本人には自覚があるのかどうか。
シスターは、ソファに座っているリクルートの隣に腰掛けるとタオルを首に掛けノートパソコンの画面を覗き込んできた。
見られる前にブラウザを閉じようとしていたのにポインターがずれて失敗したのは
見慣れない格好をしているシスターから目が離せなかった、一瞬の油断のせいだ。

「…貴様は何をみているんだ。欲求不満か」
「違いますっ!か、勝手に覗くのはプライバシーの侵害ですよ」

シスターの呆れたような言葉に焦ってしまったが、理由があるのだから堂々と説明すればよいのだ。

「今まさに、リアルタイムで流行している言葉がですね、この言葉だっていうんで
その理由を見ていただけですっ」
ほら、とシスターに画面を向けそのことが書かれている場所を示す。

「1、1、0、8だから、いいおっぱい、か。なるほどな」
「ね、それだけです。別に、へ、変な検索とかをしていたわけではないんですよ」

言い訳がましい説明になってしまうのはなぜだろう。
別にやましいことをしていたわけでもないのに頬が赤らんでしまうのが悔しい。
じゃ、もういいですよね、とパソコンを閉じた。
横を見るとシスターはまだワシワシと頭を拭いていて、夜が更けて室温もだいぶ下がってきたというのに
上半身裸で平気な顔をしている。

「…早く、服を着たほうがいいです。風邪ひきますよ」
「日頃から鍛えているからな。そんな心配はないのだが」


――鍛えている、か。

シスターが頭を拭く動作に伴って動く、腕や肩の筋肉。目立つその隆起につい目がいってしまう。
それはリクルートにとって見とれてしまうとか惚れ惚れしてしまうというよりは、
純粋な好奇心と自分が持たないものへの憧れに近かった。
なので、そのときの申し出には決して、邪心や淫らな気持ちなどなかったのだ。


「シスター。腕とか、触ってみてもいいですか?」


恋人の部屋で風呂を借りて、一方は既に寝間着でもう一方は半裸で。
いい感じに夜は更けて、二人すぐにでも手の届くような位置に座っている状態だったら、
触れることにわざわざそんな断りを入れる必要などないだろう。
お互いに友情以上の好意を抱いていることは確認しているけれど、残念ながらまだ「そういう関係」には至っていない。
だからシスターは今夜、わざわざ風呂を借りるという名目のもとに接近を試みているわけだが…
これはもしかしてリクルートも、そんな現状を打破しようというシスターの思いに応えて、彼なりに誘ってくれているのだろうか。
しかしそれにしては何のためらいもない無邪気な言葉と表情で…
リクルートが頬を赤らめもせず吃りもせずに誘い文句など言えるわけがない。
それに、その目をよくよく見れば黒い瞳は清らかに輝いて、色気や媚びは微塵も感じられない。
理由はよくわからないが、どうやらいま自分はリクルートの興味と好奇心の対象になっているらしい、とシスターは自覚した。
先ほどまでは早く服を着たほうがいいなどと言っていたのに現金なものだ。

「…構わないが」



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