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□*クリスマスの受難
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――あぁ、これは死ぬのかも…

この河川敷に来てから、いったい何度目の「死ぬかと思った」だろうか。
わざわざサンタの格好をしてクリスマスプレゼントを届けに来たのに…
サンタ嫌いのシスターに育てられたステラからは敵認定され、容赦ない攻撃を受ける羽目になってしまった。
よく見ればすぐにサンタの扮装をしているリクルートだとわかりそうなものだが、
夜半のことでステラも寝惚けていたのか愛するシスターへ捧げる供物を仕留めようという一心で目がくらんでいたのか。
全くの手加減なしで技を掛けられた。
最後は高く放り投げられて攻撃は終わったのだが…これが屋外だったらもっと高く高く投げられ、
大怪我になっていただろう。
屋内だったので落とされた床までの高さはそれほどでもなかったが、うっかり受身の体勢を取り損ねた為に
背中からもろに床に叩きつけられてしまった。
衝撃と激痛に呼吸が止まり、目の前にはチカチカとお星様がスパークする。 
絶叫を聞いて駆けつけたらしいシスターやニノたちの顔が見えたのを最後に、リクルートはそのまま意識を失っていた。


「…うぅ、痛…」
「気がついたか、リク」


意識を取り戻し、ゆっくりと開いた目に最初に入ったのは見慣れたシスターの部屋の天井で。
寝かされているのはシスターのベッドなのだと気がついたと同時に背中がズキズキと痛み出し、リクルートは思わず呻いた。
横に付き添っていてくれたらしいシスターが心配そうな顔で覗き込んでいるが、
ホッとして緩みかけた頬を慌てて引き締めシスターから目を逸らす。
背中の痛みがひどいので仰向けはつらい。リクルートは痛む場所を庇いながらそろそろと寝返りを打って
シスターに背を向けると、うつ伏せになった。今はシスターの顔を見たくなかった。

「すまなかったな、ステラが…」
「本当にひどいですよね。お宅ではお嬢さんにどういう教育をしてらっしゃるんですか、お父さん」

謝罪の言葉を遮って、嫌味を言う。
これくらいの嫌味は言っても許されるだろう。本当に酷い目に遭ったのだから。

「私がサンタを嫌いだから、自然とステラもサンタ嫌いになってしまったのだ」
「自分の考えを幼い子どもに押し付けるのはどうかと思いますけどね。子どもがプレゼントを貰うくらいいいじゃないですか」

背を向けられて困ったのだろう、シスターが優しく肩に触れてきたが、痛いので触らないでくれますか、と冷たく拒絶する。
無視されるかと思ったのにあっさりとシスターの掌は肩から離れて、チクリと心が痛んだ。
そして、拒絶しておきながらさみしいと思ってしまった自分にうんざりする。


「…俺は、よかれと思ってやったのに」
「保護者が嫌がっているものを無理に実行しようとするのもどうかと思うぞ」
「それ、開き直りですか?」

恋人が怪我を負ったというのになんという言い草か。
腹が立ったリクルートは、言わずにおこうとしていたことを口にしてしまった。

「俺がステラからひどい目に遭ってる間、マリアさんといい雰囲気になっていたくせに」
「それは…」
「図星ですか?ヤドリギ、でしたっけ。俺その言い伝え知ってますよ」

きっと雰囲気を悪くするだろう、互いにいたたまれない思いをするだろうとわかっていても、
口から流れる言葉を止めることができなかった。
嫉妬全開のところを相手に見せるなんて自分のプライドから言ったらありえない。
これ以上ここにいたら、どんどん自分を見失ってしまうかもしれない。嫉妬で取り乱した姿など見せられるはずがない。
そこらじゅうがズキズキと痛む体で教会から橋の下の家まで無事にたどり着けるのか自信はなかったが、
この気持ちのままシスターのもとに留まっているのは嫌だった。

「俺、帰りますから。サンタ服出してください」

サンタ服は防寒も兼ねて着ていたのだ。気を失っている間に脱がされたのだろう、
リクルートはいつものワイシャツとスラックスの姿になっていた。

「サンタ服?あれなら靴下と一緒に燃やした」
「…!人の服を勝手にっ」
「それにこの怪我では梯子を上るのは無理だろう。泊まっていけばいい」

確かに、背中や腰の痛みが尋常ではない。
動けないので確認できないが、シスターは既に怪我の手当てをしてくれたのだろうか。
そして一刻も早く帰りたいと思っているのに、まだこれ以上世話をかけなければならないのか。
リクルートは仕方なく、背けていた顔をシスターの方に向き直した。

「…じゃ、お世話になります」
リクルートの声も表情もまだ怒っているが、そんなときでも礼儀を忘れない律儀さがシスターには好もしかった。
「やっとこちらを向いたな」
シスターのホッとしたような表情につられたように、険しく寄っていたリクルートの眉間が少し緩んだ。

「先ほどの話だが…マリアは、私の気をそらせてお前を教会に侵入させるためにあんなことを言ったのだろう。
私たちは何もしていないぞ」
何を期待してるんだこの変態聖職者がと、いつも通り罵倒はされたが。と、シスターは苦笑する。
そう聞いたところで信じられるか、と言わんばかりの冷めた目をしているリクルートの頭を、ぽんぽんと撫でる。
「お前が教会に入って行くのが見えた。ステラがプレゼントを喜ぶならばそれでもいいと思ったのだが…
予想以上にステラもサンタ嫌いになっていたようだ。ここまでお前に暴力を振るうとは思わなかった。すまなかったな」

「今日はクリスマスです。…シスターの大好きな、神様の誕生日なんでしょう」
そんな大事な一日を、一緒に過ごせればと思っていたのに。
幼かった頃も、クリスマスだからと早く帰ってきてくれるような父ではなかったから一人で過ごしたし、
長じてからも恋人はいなかったからこの日を一人きりで過ごすのは当たり前だった。
だから、リクルートには「恋人同士のクリスマス」というものに多少の憧れがあったのだ。
デートやプレゼントはなくても、せめてひと晩を一緒に過ごせるだけでもと思っていたのに。

ステラには好意を拒絶されるばかりか、大怪我をさせられて。
シスターとマリアには良い雰囲気になっているところを見せつけられて。

――クリスマスだっていうのに、俺はどうしてこんな目に遭っているんだろう。

我知らず涙が滲みリクルートは慌ててまた顔をそむけたが、間に合わずシスターに見られてしまったらしい。
ガタッと椅子が動く音がしたかと思うと、ベッドを軋ませて背後にシスターが横たわったのを感じた。

「…怪我人が寝てるベッドに乗ってこないでくださいよ」

抗議の声が震えてしまうのが情けなかったが、慰めるかのように髪を肩を撫でるシスターの手を拒むことはできなかった。
そっと、背後からシスターの腕がまわってくる。
抱きしめられたりしたら怪我をしている背中に当たって痛そうだ。リクルートは思わず肩を竦めたが
シスターは傷にぶつからないように身体を少し離して、それでも包み込むようにリクルートを腕の中におさめた。
ぴったりとくっついているわけではないのに、シスターの体温が背中からじんわりと伝わって来て、
そのあたたかさにリクルートはまた涙が出そうになる。
これ以上みっともないところを見せたくはないのに。

「来年のクリスマスには…ステラに『サンタさん大好き!』って言わせてみますよ」
学校で一年かけてみっちりと、クリスマスは楽しいものだと教えたらきっとシスターの洗脳も解けるでしょうから。
照れ隠しで、わざと突っかかる。
「それはどうだろうな、ステラは私に夢中だからな」
自分から突っかかっておきながら、しれっと答えられると憎らしい。胸の前に来ているシスターの手の甲をつねると、
逆に手を捉えられ腕から肩までをいかにも意味ありげにゆっくりと撫でられた。
「ちょ、ちょっとシスター!」
怪我人相手になにをする気だ、と叫んだ振り向きざまに今度は後頭部を支えられ唇を奪われる。
苦しい体勢に気を遣ってくれたのか、息が上がる前にキスから解放されてホッとするがそれも束の間、
胸元にあった手が不穏な動きを始めシャツのボタンが外されていく。

「…シスター、無理で、す、って…」
「お前の泣き顔が可愛いのがいけない」
「か、かわい…って…」

怒ったり嫉妬したり悲しんだり。ぐちゃぐちゃな気持ちのまま抱かれるなんてとんでもない。
ましてや、怪我でそこらじゅうがズキズキしているというのに。
しかし、こうなるとシスターは止まらないだろう。過去いくつかの事例を思い出し、リクルートはため息をついて目を閉じた。

………

続きます


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