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□キスで目覚めるらしい?
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シスターが三日も目を覚まさない。
礼拝堂の床に倒れていたのが発見されたのは一昨日の午後で、そこから丸ニ日が経過してしまったというのに。
皆して揺すっても叩いても耳元で大声を出しても起きない。
床に転がっているのではあんまりだと、男性陣が総出でどうにか巨体を持ち上げ
近くのソファに移したが、そのときの衝撃でも目覚めることはなかった。
顔色は悪くないし、呼吸も正常で…呼吸というよりは「スー、スー」という寝息にしか聞こえない音を立てている。

シスターの顔を覗き込んだ村長がペチペチと手のひらで頬を叩いてみるが目覚める気配はない。
「なんつーか、眠り姫みてーだなー。誰かキスしたら起きるんじゃねーの?」

その場にいた全員の視線が、かつての恋人マリアに向けられた。
が、マリアはにべもなく拒否をする。
「私は絶対にしないわよ?なんで虫にキスなんてしなきゃいけないのよ。気持ち悪いじゃない」
…シスターが起きていたら頬の傷からの血しぶきは必至である。

「ワシがやる!」
真っ先に名乗り出たステラはシスターに駆け寄ると、耳元に英語で何やらささやいた後チュッチュッと唇にキスをした。
まるで外国の映画かドラマの中で、お父さんにキスをする娘のようで大変かわいらしく微笑ましい光景。
だが、シスターは目覚めない。
ガックリと肩を落としたステラを鉄人兄弟が慰めている。

残る女性陣は…と、指名される前にP子が叫んだ。
「私はだめよ!心に決めた人がいるんだから…!!」
そして村長にチラリと視線を向けたが、あいにく村長はシロさんとおやじトークを繰り広げていた。
これまたガックリと肩を落としたP子をラストサムライが慰めている。

見かねたのか、ニノさんが自ら前に進み出た。
「では私が…」
「ダメ!!ニノは絶対にダメ!!ダメったらダメだ!!」
星が叫びながら遮り、とんでもないことを言い出した。
「ニノはダメだ。やっぱ、リクだろ」

いきなりの指名にリクルートは逆上した。
「はぁ!?な、何で俺がっ!?お前がしろよ!」
「だって俺、男だし。俺にキスされてもシスター嬉しくないだろ」

俺だって男だ!という叫びはきれいに無視される。

「だってお前、シスターと仲いいじゃん。」
「そうよね。男の子だけど、リク君はシスターのお気に入りですものね」

星と、星の意見に同調したマリアがニヤニヤしながらリクルートを見る。
――うわ、この二人なんか勘付いてやがる…



実はシスターが頑なに眠り続けて現実に戻って来ようとしない理由をリクルートはなんとなくわかっている。
まさか、と思いたいが、心当たりといえばあれしかない。
三日前にリクルートは言葉でシスターを手酷く傷つけてしまったのだ。

星やマリアに言われるまでもなく、もしかして俺はシスターに気に入られてるよなぁ、という自覚はあった。
女装してるし物騒な人ではあるけど、でもとても頼りになるシスターに好かれているというのは嬉しいことで。
だから「好きだ」と言われたときは、気恥ずかしさに照れながらも、俺もですよ、と応えた。
挨拶程度にされる頬へのキスは、やっぱりシスターは外人さんなんだよなぁ、と呑気に考えていた。
しかし最近、触れるだけのキスが頬から額にそして唇に移動してきて…シスターの言う「好き」は
もしや恋愛対象としてのものだったのか、と気がついた。
気づいたところでさてどうしたものかと悩み始めた矢先、シスターが豹変したのだった。

礼拝堂で二人きりになるやいなや強く抱きしめられ、苦しさで顔を上に向けたら
そのままシスターの顔が寄せられてきて唇を奪われた。
突然のことに驚いて固まっていると、舌で唇をなぞられ薄く開いていた隙間から、ぬるりとシスターの舌が侵入してくる。
ぴったりと合わさった唇と、歯列を割ろうと動いている舌の温かく湿った感触。交じり合う唾液。
初めて味わされるそのキスの生々しさに大混乱して…解放された瞬間、シスターの頬を平手で引っ叩いていた。
濡れた唇を、汚れを落とすようにシャツの袖で拭う。実際そのときは、汚されたのと同じだと思ったのだ。
呼吸を妨げられていたので呼気も荒く、顔が真っ赤になっているのも恥ずかしく悔しい。

『こんなの、同意がなかったら気持ち悪いだけです』
『こんなことするシスターなんて大嫌いだ!』

怒ったリクルートが一方的にまくしたてている間シスターは弁解もせず立ち尽くし、
そして突如として頬の傷から血を流すとドオッと音を立てて床に倒れたのだった。

――それから目覚めないんだから、きっと俺のせいなんだけど。

だって仕方ないじゃないか。
まさかシスターが突然そんな振る舞いをしてくると思っていなかったのだ。
でも驚きと恐怖で咄嗟に口から出てしまったとはいえ、気持ち悪い、大嫌い、というのは言い過ぎだったか…。



「…じゃあ俺やってみますから。皆さん外に出ててもらえませんか?」
リクルートのその言葉に星がブッと噴き出した。
「お前、俺たちに見せられないようなことする気かよ」
「ち、違うッ!キスしてるところなんか見られたくないだけだ。皆がいる前では俺やりませんからね」

それじゃ仕方ねーなー、と村長が促してくれたので住民達はゾロゾロと出て行きシスターと二人きりになる。
打って変わって礼拝堂は静まり返り、シスターの寝息が先ほどまでよりもよく聞こえる。
ソファに横たわるシスターの傍にひざまずいて、寝顔を覗き込んだ。
今までこんな風に見たことがなかった、金色の睫毛の長さにドキリとする。
眠り姫、は村長の戯言だけれど、たしかに白いし金色だし妙に整っているし、例えは間違っていないかもしれない。
でも本当にキスなんかで目を覚ますのだろうか。

深呼吸を一つして。
シスターの薄い唇に自分からキスをした。
少し冷たい、乾いた感触。
1,2,…と5まで数えてゆっくり唇を離すが、眠っているシスターに変化はない。
角度を変えて、もう一度。それでもシスターは目覚めない。

――このままずっと意識が戻らなかったら、どうしよう。やっぱり俺のせいなんだよな。


「…シスター、酷いことを言ってすみませんでした。俺びっくりしちゃって」
「シスターと俺では、す、好き、の認識が違っていたみたいですけど…ちゃんと考えてみますから」
「だから、目を覚ましてくださいよ」

つぶやくように謝罪してから、もう一度。
…もしかしてこの間シスターにされたみたいなキスじゃないとだめなのだろうか、
などとぼんやりと考えながら唇を近づけてあと数センチ、というところで青い瞳と目が合った。

「シスター!」

声をかけた次の瞬間、とても目覚めたばかりの寝起きの人とは思えない敏捷さで起き上がったシスターに、
抵抗する間もなく抱きしめられる。
先ほどまで、キレイだなぁと見とれていた顔が近づいてきて再びドキリとするが、
ハッと我に返って手のひらで唇を塞ぎキスを阻止した。

「…先に仕掛けてきたのは貴様のほうなのに」
「違います!これはですね、シスターが眠り姫で誰かキスしたら起きるんじゃないかって村長が言い出して…」

ガードした手の甲にチュ、と音を立ててキスされ、頬に血が上る。
「で、どうして貴様が王子様になったのだ」
「し、知りません!」
肩に回った腕の下からくぐり抜けるようにして脱出する。

じゃあシスター起きたって皆に知らせてきますね、と背を向けると手を取られた。
「シスター、まだ何か…」
「さっき、私が目を開けたとき嬉しそうだったな」

――しまった、見られていたのか。

カッと頬が熱くなった。
「み、見間違えです!」
「私とのことを、考えてくれるんだろう」
「知りません!そんなの保留です…って、そこ起きてたのかよ!」
「前言撤回、は許さないからな」

微笑しているシスターの手を振り払い小走りで、
やっぱりシスターなんて嫌いだー!と叫びながらリクルートは礼拝堂を後にする。

皆にシスターが起きたと告げれば、どうやって起こしたのかとひとしきりからかわれるだろう。
きっとステラには技をかけられ、マリアには毒舌で冷やかされ。
そして、明日からどんな顔してシスターに会えばいいのか…。

王子様の役目は果たせたものの、ため息のネタは尽きないリクルートだった。




(確かに恋だった 様/彼と彼女のファンタジーな展開7題より)


………

(2011/12/5)


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