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□三千世界の…(拍手御礼文)
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『さんぜんせかいの からすをころし…』



シスターと二人で過ごす夜。どんなに夜遅くなっても、またどんなに離れ難いと思っても
ともに眠りについて朝を迎えることはほとんどない。
日が昇れば子どもたちが起きてくる教会に俺が泊まるわけにはいかない。翌朝にミサがあれば尚更のこと。
また、俺の家からシスターが朝帰りするというのもいただけない。
二人の関係を皆に隠している以上仕方のないことだけれど…。

秋の終わり、冬の入り口のこの季節。
コートを着るには早いけれど上着がないと肌寒いような、
…しっかりと防寒をする真冬のほうが寒さへの覚悟もあるからまだマシかもしれない…
暖房を入れるほどではないけれど、暖かい寝床を離れるのは億劫になるような晩秋の夜。
温かいシスターの懐から抜け出してコソコソと自分の住処に戻らねばならないというのは、かなりつらいことで。

でもだめだ。夜が明けたら日曜の朝。ミサがあるのだから俺は絶対に自宅に戻っていなければ。
シスターの腕をよいしょと動かし、起き上がる。裸の上半身に夜半の部屋の空気はさすがに冷たくて。
ぶるりと震えて意気地なく、またシスターの腕の中に戻ってみる。
目を閉じていたので珍しく眠っていたと思われたシスターは実は起きていたらしい。
再び俺の身体に逞しい腕がしっかり巻きつけられ、抱きしめられた。

――もう少し。もう少しだけ。
――シスターも、そう思ってくれているのだろうか。


「…三千世界の鴉を殺し、主と朝寝がしてみたい」


ふと口をついたのは、どこかで聞き覚えていたフレーズ。

「なんだ?それは」
「都都逸というやつです。七、七、七、五の言葉を三味線にのせて唄うんですよ」

どういう意味だ?と問われて言葉に詰まる。

「…俗謡ですから。解釈もいろんな説があるし、作った人も高杉晋作だとか木戸孝允だとか言われてるけど、
ゆ、遊女とお客の戯れ唄ですし」

遊女、という言葉でつい声が上擦ってしまった。

「別に意味があって言ったわけじゃないんです。ただ、最後の七、五の部分を思い出しただけで…」
「…ぬしとあさねがしてみたい、か」

シスターの口から言われると、恥ずかしさが増すのはどうしてだろう。

「…シスターなら平気で鴉を全滅できるかもしれませんね」
「どうしてカラスなんだ?」
「解説始めると、長くなりますよ」


シスターは思案気な顔をすると、しばらくして勿体ぶって口を開いた。
「…リクルート先生は解説を終えるまで、ここにいればいい。明日はミサの欠席を特別に見逃してやる」

偉そうな言葉に苦笑する。シスターもきっと、離れ難いと思ってくれたのだろう。
それならば…

「シスター、明日のミサに出なくていいって本当ですか?」
「む」
「じゃあ、都都逸の解説なんかじゃなくて、もっと違うことで夜更かししませんか?」

これは、今の俺にとって精一杯の誘い文句。
言い切ってから、カッと頬が熱くなった。
シスターは驚いたように目を瞠って、承知した、と頷くと嬉しそうに覆いかぶさってきた。
先生と言われ、訊かれたことに答えずに、こっちが優先事項だなんて自分でもびっくりだ。

――でも、悪い変化じゃない、よな。たまにならいいじゃないか。

部屋の寒さと反比例して上がっていく体温にリクルートは目を閉じて、満足の笑みを浮かべた。

………

(2011/11/19)
10000hits御礼小話でした。
お読みいただいてありがとうございました。



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