*text.2

□ちぇんじ?
1ページ/1ページ



それは、とある日の気持ちのよい昼下がり、橋の下のリクルートの部屋で、二人して午後のお茶を
飲んでいる最中に起きた事件だった。

リクルートがうっかり指を滑らせ床に落としたティースプーンを、すかさず拾おうと二人の体が同時に動き、
同じタイミングで屈んだためにお互いの側頭部同士を思い切りぶつけてしまったのだ。


「〜〜〜っ!!!」
「………っ!!」


目の前をチカチカと火花が飛ぶような激しい衝撃と直後から起こったズキズキジンジンと痺れるような激しい痛み。
二人とも声も出せず、しばらく体を起こすこともできないでいたが

「…大丈夫か?」
「…大丈夫ですか?」

と、ほぼ同時に互いを気遣いながら頭を上げ顔を見合わせた瞬間の驚き。
目の前には、顔を顰めてぶつかった箇所を撫でさすっている自分がいる。

「シスター…?」とシスターがつぶやき、
「リクルートか…?」とリクルートがいぶかしむ。


ぶつかった衝撃で、二人は入れ替わってしまっていたのだった。


「え、えーっっ!?」
「………!!」

… … …

シスターの声をしたリクルートの絶叫が部屋に響いたが、窓が開いていなかったため
河川敷の他の住民に聞こえなかったのは幸いだろう。
シスターも、さすがに驚いてはいたがかろうじて声を飲み込んだ。
たしかに驚くべき事態だが、非常時に慌ててはいけないのは戦場でなくとも鉄則だ。


「落ち着け、リク」
「これが落ち着いていられますかっ!!」


なんでどうして、とパニックに陥っているリクルートの肩に手を置こうとして…その肩が自分のものであることにシスターは躊躇する。
パニックになった二人だったが、スーハァと深呼吸を繰り返してともかくも気持ちを落ち着けた。
深呼吸くらいでおさまるような混乱ではなかったが、泣いても叫んでも事態は変わらないだろうということはわかる。
まずは座って、せっかく淹れてあるお茶を飲もうかと再び並んでソファに腰掛けた。


「どうしてこんなこと…俺たち、いつまでこのままなんでしょうね」

まだ痛むのか、頭をさすりながらリクルートが不安そうにつぶやく。
その問いに答えることはできないシスターは、せめて少しでも安心させてやろうとしょげているリクルートを
抱きしめようとして…うなだれているその姿が自分のものであることにやはり躊躇してしまう。
抱きしめることはあきらめ、上げかけた手でよしよしとベール越しに本来自分のものであるはずの頭を撫でてやると
ようやくリクルートは顔をあげ…シスターの顔で困ったような表情を浮かべ、お茶飲みましょうか、と微笑んだ。


多少冷めたもののまだ温かい紅茶を飲んで一息ついた二人は、気味が悪そうに自分のものではない手を、
それぞれ眺めてみる。

「…なんか、傷だらけだし。指もゴツいし。グローブみたいですよね」
「…この手では、とてもではないが銃器は扱えないな」

まずは互いの手に不満を持った二人だったが、リクルートは何かをひらめいたらしい。
ソファから立ち上がるとキッチンに向かったので、何事かとシスターも後に続く。



「これ、前からちょっとやってみたかったんですよね」


シスターの姿をしたリクルートは、いそいそと鉢に盛られているフルーツの中からリンゴを取り出すと
シンクの上で、エイッとリンゴを握った掌に力を籠める。

「おぉーっ!」

力を籠めるのとほぼ同時に、グシャリと音を立ててリンゴが握り潰されリクルートは感嘆の声をあげた。

「すごいですね!今、力入れたのほんのちょっとですよ、ほんのちょっと!」

はしゃいで振り向くと、腕組みをして心底呆れたような表情でこちらを眺めている自分の姿をしたシスターがいて。
リクルートは気まずく目を逸らした。
目を逸らすと同時に、見慣れたはずの自分の家の中がいつもと微妙に違う印象になっていることに気がつく。
よく知っている場所なのに、どことなく感じる違和感。

「そっか。いつもより目線がだいぶ高いんだ…」

自分とシスターの身長差。今はいつもより36センチも高いのだ。
改めて回りを見回すと、いつもの自分からは見えない場所にホコリがたまっているのが目に付いた。


――うん、いい機会かもしれない。


「シスター、座ってお茶飲んでてくださいね」
「…お前は何をするんだ?」
「俺、いつもは見えないところが汚れてるのに気がついちゃって。
元に戻るまで落ち込んでるだけなのもなんですし、ちょっと動いててもいいですか?」
「構わないが…」


シスターがソファに戻り紅茶のカップを取り上げたのを確認したリクルートは、動きにくいから脱ぎますね、と
かなり重量感のある…と言っても今のリクルートには重さはさほど感じられないが…ベールを頭から外し、
厚ぼったい修道服を脱ぎ捨てた。
修道服の下から現れた迷彩柄のズボンと、濃緑色のタンクトップ。どこまでも軍人らしいシスターの私服に
リクルートは苦笑し、そして、むき出しになった腕を軽く曲げて力を入れてみる。

「おおっ」

途端に堅く盛り上がった腕の筋肉を軽くひと撫でして、リクルートは目を輝かせた。
シスターは、自分のものだとは到底思えないような白く華奢な指でティーカップを持ったまま、眉を顰めてその様子を眺める。


… … …


「うわー、ここのホコリまでは気づかなかったなー」

パタパタパタと、はたきを掛ける音がする。
シスターの姿のリクルートは、背の高い棚のホコリをはたいていた。
そして、前から位置がちょっと気になってたんですけど自分じゃ動かせなかったんですよねー、などと言いながら
今度は箪笥を移動させている。模様替えだ。
リクルートは、シスターの体を存分に有効活用して、大掃除と模様替えを行っていた。
自分の姿が掃除道具を手にいそいそと働きまわっているのを見て、シスターはため息をつく。


――他人の身体なのをいいことに、好き勝手にしているな。


手伝おうか、そう声をかけたときに
「いえいえシスターは座っててくださいよ」
という返事が返ってきたが、『手伝ったら俺の体が疲れるでしょう』という心の声もしっかり洩れていた。

それにしても。
悲鳴をあげ、おろおろとしたのはほんのひとときのことで。
落ち着きを取り戻したと思ったら、リンゴを素手で割ってみたり馬鹿力を利用して大掃除をしてみたりと、
リクルートの立ち直りの早さや順応性の高さには驚かされる。
まあ、こんな性格だからこそ外からやってきたくせにあっという間に河川敷の暮らしに馴染めたのだろうが…
くるくると甲斐甲斐しく立ち働いている姿は自分のもの、という違和感はかなりあるが、
その楽しそうな表情は紛れもなくリクルートのものだったので、シスターは微笑ましくその様子を見守ってしまった。
自分の体がこき使われているのは面白くないが、これも惚れた弱みというやつだろうか…。


… … …


家の中で、手が届かない場所はないほどの長身。どんな重い家具でもひょいっと持ち上げてしまう馬鹿力。
そして、掃き掃除に拭き掃除に家具磨きに模様替えと、かなり酷使したのにちっとも疲れを感じない無尽蔵の体力。
シスターの身体をとことんこき使って家中をぴかぴかに磨き上げたリクルートは、
額の汗を拭うとキレイになった部屋を見渡して満足げに微笑んだ。
そして、視線を感じてその方向を振り向くと…ソファに座って腕組みをした自分の姿がある。
途端に、何十分もシスターを放っておいてしまった非礼に気がついて青ざめた。
普段届かないところをちょっと掃除しようかと思っただけだったのに――


「シ、シスターすみません!俺つい調子にのって…」
「ああ、ずいぶん調子よく動いていたな…楽しかったか?」

手を洗い、元のとおりに修道服を着込むとリクルートはすごすごとソファへ戻ってきた。

「すみません、思い切り働いちゃって。シスターも何か用事があったら…」
「そうは言っても、な。この手では銃の手入れをするのも危ない」
「当たり前です!俺の体で物騒なことはしないでくださいね」
「わかっている。肉体労働も無理だろうな」
「そうでしょうね…だからって、いきなり鍛えて肉体改造、とかもやめてくださいね」
「…ダメなことばかりではないか」

こちらはさんざん体をこき使われたのに、とシスターは不満そうだ。
具体的なことはすぐには思いつかないが、同じようにシスターにだって体を動かす権利はあるだろう。

「俺ばっかりシスターの世話になるのもなんですよね。シスターも無理のない範囲で俺の体、使ってくださいね」

一瞬、目が大きく見開かれやがてシスターはリクルートの顔で薄っすらと不敵な笑みを浮かべた。
見た目は自分なのに、表情が完全にシスターのものだとわかるのが怖い。

「では、使わせてもらうとするか」
「…え、ええ、どうぞ。ちなみに、何するんですか?頭脳労働ならたいてい…あ、ハッキングとかもやめてくださいね」
「そんなことではない」

薄っすらと笑われたままなのは気分が悪い。何をしようというのか。

「お前の体で出来ることで一番重要かもしれない」
「な、なんでしょうか」

シスターは、徐にネクタイに指をかけるとスルリとほどき、シャツのボタンを上から開け始めた。

「ちょ、ちょっとシスター!何で脱ぎ始めるんですか!?」

慌てるリクルートに、シスターはリクルートの顔でにっこりと笑いかける。

「いい機会だから、お前の体で色々と存分に体感しつつ研究してだな。
元に戻った後にますます気持ちよくなってもら」
「変態!変態変態変態っ!!!」

シスターが最後まで言い切る前に、リクルートの悲鳴に近い叫び声が重なる。
そんなことさせてたまるかと、飛びついてシャツのボタンをきっちりと一番上まで掛けネクタイを襟に回して
きゅうきゅうと締め上げた。

「この非常事態に、何を考えてんだこの性職者!!」
「こらこら、私の力でネクタイを締めたらお前が窒息死するぞ」

ハッと、自分がシスターの姿であることを思い出し慌てて力を緩める。
痛そうに首を撫でているシスターと目が合うと、ニヤニヤと笑われた。

「…お前だって、私の身体に触ってもらって構わないぞ。先程も嬉しそうに腕を撫でていたじゃないか」
「そ、それは…」
「それとも、お前は恋人の身体に関心がないのか?それはそれで私はさみしく思うが…」

―――自分の顔で、声で、気持ち悪いことを言わないでほしい。
でも自分だってたしかに、シスターの身体にまったく興味も関心もないわけじゃない。
ないわけじゃないけど、
どうしてシスターは、こうも言い方が明け透けなのか…。
こういうデリケートなことは、もっと…って、
明け透けじゃなければいいってわけじゃない!俺はそんなに破廉恥な人間ではない、はず、

ぐるぐると考え込む間に、リクルートは知らず頬に血が集まっていくのを感じる。

「シスター、関心がないわけじゃないんです。でも、でも…」

言いかけて顔を上げると、目の前には顔色がすいぶんと青ざめ、掌で口の辺りを覆っている自分がいた。

「ど、どうしました!?」

慌てて声をかけると、何かを堪えるような表情をしているシスターが口を開いた。

「やっぱり、やめておこう。…自分の照れ顔に気持ちが悪くなってきた」
「…でしょうね」

はぁ、と同時に大きいため息をつく。
いったいいつまでこの入れ替わりの状態が続くのか。
神様の気まぐれなら、早く終わって元に戻してほしいものだと、二人はうなだれるしかなかった。



………
(2012/06/24)


シスターになったリクルートが夢中になってたことは、私がシスターになったらやってみたいことです。リンゴを手で握りつぶすのと、模様替えv

えっちの方向に持っていったらどうなるだろうと思ったのですが、相手が自分の外観をしてたらちょっとキツいですね。
さて二人は無事に戻れたのでしょうかw



お題サイトさまにて本来のタイトルは
「彼が彼女で彼女が彼で」
でした。



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ