Harry Potter
□花の咲き乱れる庭園
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──ローズはただ唖然として、目の前の光景に目を見張った。
噎せ返るような薔薇の芳香が辺りにたちこめている。其処には毒々しい赤ばかりではなく、淡いピンクや黄、白や紫といった様々な色の薔薇が所狭しと植えられていた。
極めつけには薔薇のアーチときた。緑色の蔓をくるくるとアンティーク調の白い骨組みに巻き付けて、ここにもまた色とりどりの薔薇が咲き乱れている。
「ね、どう?君の為に作らせたんだ。気に入ってくれた?」
隣に現れた少年がプラチナブロンドの髪を太陽の光に透かして、嬉しそうに微笑みながら彼女の顔を覗き込む。
ローズははっと我に返り、思い切り眉根を寄せて見せた。人差し指を整った少年の鼻の頭に突き付けて言う。
「あのね、スコーピウス。あんた、こんなんで私を惹き付けようって言うの!?」
「……気に入らなかった?」
「気にいるわけないでしょっ!なによ、こんな無駄なもの作っちゃって…馬鹿みたい!」
ローズは声を荒げて腕を組む。せっかく喜んでもらえると思って作らせたのに、とスコーピウスはがっくりと肩を落とした。
季節の変わり目の強い風が吹くと、庭園に咲き乱れる薔薇の花びらが散らされて空を舞った。
腕を組み唇を尖らせながらその光景を見詰めるローズの横顔に、スコーピウスは思わず見惚れる。
怒っていても十分に可愛いけど、と彼は溜息を吐く。それでも好きな子の笑顔を見ていたいと願うことは恋をすれば当然のことだ。
「もう少し笑顔でいてくれたっていいのに…」
「……何か言った?」
「…すみません何でもありません。はあ…いいアイディアだと思ったのにな」
哀しげにスコーピウスが呟くと、ローズが鼻でせせら笑った。腕を組んだままちらと長身の彼を見上げて、胸にぐさりとくる一言を言い放つ。
「成金趣味は嫌いよ」
「そんな……嫌いだなんて言わないでくれよ、ローズ!」
「これだからお坊ちゃまは嫌なの!あんた、お金で何でも手に入ると思ってるでしょ?だったら大間違いなんだからね!」
こんな成金趣味の庭でほいほい釣られるような安い女だと思われちゃ困るわ、とローズはそっぽを向く。
スコーピウスはしゅんと項垂れて、そのまま何かをローズに差し出した。ローズは視線を下に向けて指に当たる何かを捉え、微かに眉根を寄せる。
「…何、これ?」
「……しおりだよ。ローズはたくさん本を読むから、しおりなら貰ってくれるかと思って…」
てのひらサイズの縦長の白い紙のようなものを躊躇いがちに受け取って、ローズは視線の高さまでそれを持ち上げた。
確かにそれはしおりだった。赤い薔薇の花びらが上質の銀色の紙に丁寧に押し花にされている。
紙の天辺に空いた小さな穴には金色のリボンが通されていて、下の方には丁寧な筆記体で"Dear Rose"と万年筆で書かれたらしい字が記されていた。
スコーピウスが恐る恐る顔を上げると、ローズの頬が微かに染まっていた。驚いて目を丸める彼と目が合うと、彼女は動揺を隠すように片手で口元を覆う。
「ローズ…?僕の作ったしおり、気に入ってくれたの……?」
「…な、なによ!なにがしおりよっ、成金趣味のお坊ちゃまのスコーピウスのくせに…っ!」
真っ赤な顔でそう言うと、ローズはぱっと駈け出してしまった。薔薇の咲き誇る庭園に紛れてゆく彼女の背を茫然と見詰めていたスコーピウスが、はっとして「待って、ローズ!」と叫び彼女の後を追う。
「ちょっと待って、なんで怒るんだ?僕、また何かローズを怒らせるようなことした!?」
「あーもうっ、ついてこないで!」
花吹雪の中で燃えるような赤毛の少女を、プラチナブロンドの少年が追い掛ける。自分の名を分かつ花の香に包まれながら、少女は時折振り返って舌を突き出しながら逃げ回る。
その手にしっかりと、あのしおりを握り締めたまま。
end.