Harry Potter
□夜色の瞳
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彼の瞳は、うっかりしていれば飲み込まれてしまいそうなほどに、深い夜の色で彩られている。
私がその瞳を覗き込むと何故かいつも、その深さが増すような気がしていた。星のまたたきすらも許さない漆黒の闇空をうつした瞳。
「目は口ほどにものを言う、って言うわね」
すっかり傷心した様子で深く肩を落とす彼を見ても、口から勝手に飛び出す言葉をとめられない。
「あなたの目を見ればわかるのよ、セブルス。あなたも私を軽蔑してるんだってことをね」
首を必死で横に振る彼を冷ややかに見下ろしながら、何が違うというの、と心の中でひっそり問い掛ける。
「──入学する前、あなた言ってくれたじゃない。魔法使いの子もそうでない子も、何も変わりはしないって」
途端に口篭って彼は気まずそうに視線を逸らす。俯く彼の表情はしかとは窺えない。
「僕は─…本当に、君は優秀な魔女だと思ってる──」
「今更そんな風に煽てられてもちっとも嬉しくないわ、セブ。ちっともよ」
言い募りながら私は握り締めた拳を突き出したい衝動を必死に抑えていた。親友だったはずの目の前の少年を殴りたくてしょうがなかった。
「悔しかったんでしょう、穢れた血に助けられて。いいのよ、今更優しくなんてしてくれなくて。もう二度と助けたりなんてしないから」
ごめん、ごめんリリー、と蚊の鳴くような声で謝り続けながら、彼は何度も頭を下げた。
階段の中心にいる私達を避けるように黒いローブを靡かせた生徒達が通り過ぎてゆく。夕食を終えて寮に帰る生徒達の喧騒の中に、か細い彼の消え入るような謝罪は呑み込まれていくばかり。
「あんなこと、言うつもりじゃなかったんだ─…僕がどうかしてた…」
見たことのないその泣きそうな顔を見下ろしても、憐憫よりも遥かに憤怒の方が勝っていた。
石のように表情を崩せないまま、唇を真一文字に引き結んだまま、どうして私はこんなに頑ななんだろうと思う。こんなに謝られても、許してあげられないのはなぜなんだろう、と。
「一度言われたことを忘れられるほど、私は寛容な人間じゃないわ。あなたに言われたことは、セブルス、きっと一生忘れられないと思う」
その瞳がわからなかった。どうしてそんな呑み込むような色をしているのか、その闇色の中に何を隠そうとしていたのか。
「─…もう友達ではいられない」
何度もこうして謝罪を受けたけれど、かたくなな私の心が解けることはなかった。次第に彼も私に近寄らなくなり、違えた道々は全くの別方向に向かって否応がなしに続いてゆく。
けれどふと懐かしく思い返してみて、ひとつ分かったことがあった。愛する人を得て、忘れかけていた頃になって、漸く気付いたこと。
「──あなたのことが好きだったのかもしれないわね」
開けない深い夜の色に搦められてとらわれるのが怖かった。彼が私をどう思っているかがわからなかったから。
それはきっと、自分では気付けないほどに小さな恋だった。心のどこか奥の奥で気付かないうちに芽生え、そして気付かれることなく摘み取られ枯れ果てて。
友情の裏に隠れたままだった。だから気付けなかった。
「─…そっか。だから許してあげられなかったのかしら」
窓の外を振り仰ぐと、星ひとつない漆黒の夜空がまるい天球を包み込んでいた。今更になって、あの時何度も頭を下げてくれた彼への申し訳なさに、心が微かに震える。
「──ね?セブ」
どんなに似た色をしていても、あれはあの瞳ではないから、もう二度と私の問いかけに答えてはくれない。
膨らんだ腹部を摩りながら、それでも私は暫くの間、天を遮る夜の帳から目を逸らすことができなかった。
end.