Harry Potter

□仮面舞踏会
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三日月が空高く輝く真夏の宵だった。

豪奢な屋敷の門前で忙しない様子でうろつく少女の姿があった。真夏にも拘らず黒く長いローブを纏っており、目深にフードを被っている。

大きく黒い鉄の門は開け放たれており、屋敷へと続く真っ直ぐの一本道もまた、魔法によって作り出されたふわふわと浮かぶ無数の金銀のまるい光の球によって照らされていた。



門の鉄格子に掴まってその合間から屋敷を恐る恐る覗く少女の傍を、ふと銀色の豪勢な馬車が横切っていった。

ほほほ、と女性達が上品に笑う声が一瞬少女の耳を過ぎる。少女は咄嗟に顔を背けて辺りの闇と一体化しようとした。

淡い銀色の尾を轍のように残しながら、馬車は一本道を進んでいった。少女は馬車が遠ざかると漸くまた視線を屋敷の方へと向け、胸を撫で下ろす。



「やっぱり…やっぱり帰ろうかしら……」



思わず弱音が零れて少女は小さく溜息を吐いた。膝を抱えて蹲り、次々と通り過ぎてゆく御伽噺に出てくるような馬車達に背を向けて。

足が竦んで進めない。あまりにも夜が煌びやか過ぎて、闇にずっとこうして隠れて居たくなる。



悶々と悩み続ける少女の肩を、不意に何かが触れた。誰かの硬い指先だ。少女の肩がびくりと激しく揺れた。



「何故このような所におられるのです?」



知らない青年の低い囁き声が耳のすぐ後ろで聞こえる。少女は震える手でローブの中の杖を弄(まさぐ)った。

顔を見ようとして肩を引こうとするので、少女は抵抗して肩を捩る。はずみで被っていたローブが落ちると、波打つ栗色の豊かな髪が瞬時にして現れた。



「御一人でしたら、私と御一緒願えますか?」

「……」

「つれない方だ。ではせめて御顔だけでも」



意地でも振り向かせてやろうとばかりに両肩を掴まれると、同時に少女は振り返った。

豊かな髪が男の視界を過ぎった次の瞬間、青年の鼻先に杖が向けられていた。思わず、青年は杖先に目を寄せて目を丸める。

目の前の少女は鼻から上が隠れる銀色の仮面を付けていた。仮面の奥の茶色の瞳が真っ直ぐに青年を見据え、鬱陶しげに細められる。



「あのね、さっきからしつこいのよ。私のことは放っておいてちょうだい!」

「おっと…これはこれは、とんだ御転婆さんだ。一体どちらの御令嬢で?」

「どこでもいいでしょう。それに、私はどうせもう帰るんだから──」




少女がそこで言葉を切った。青年の頭上を仰いで、急にぽかんとした表情になる。

青年は突然の変化に一瞬呆気にとられる。そして我に返って同じように頭上を見上げようとした時──目の前を花火がチカチカと散った。

何が起こったのか把握する前に、身体がゆらりと前に傾いた。「きゃっ!」と慌てて身を引く少女の声と、地に倒れる寸前に誰かに背を蹴られる感触。



「全く──僕のパートナーに手を出そうなんて。低俗な奴だ」



──高慢ちきなその声色、どこかで聞いたことがある。一体誰の声だっただろう。ああ畜生、思い出せない。目が回る──。



気絶して地に倒れ伏せた青年を見下ろして、ふふんと唇を歪めて少年が笑んだ。金髪碧眼の少年は、杖を下ろして唖然とした様子の少女に視線を移し、肩を竦めて笑って見せる。



「ごめん。その…待たせたかな?」



気取った嫌味な笑みは失せ、今度は少しはにかんだように、少年が顔を綻ばせた。





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