Harry Potter

□汽車の中の悲しげな青年
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ホグワーツ特急に乗る時はいつも、隣にリリーがいた。家が近いので、キングズ・クロス駅に着いてからも一緒にマグルの電車に乗ったものだ。

彼女が両親の迎えを断る理由は分かっていた。あの神経質なマグルの妹に気を遣っていたのだろう。それでも自分には都合が良かった。

この旅路のなかでは、誰にも邪魔されずに彼女と過ごせる。ホグワーツ特急の中ではあの忌々しく五月蠅い連中に絡まれることはあったが、それでもキングズ・クロス駅に着いてしまえばもうこちらのものだった。

重いカートやら動物の籠やらを引きながら電車に乗り込む自分たち二人を、プラットフォームに佇むマグル達はぎょっとした目で見詰めていたものだ。それがおかしくていつも二人で笑い合った。

電車の中では小声で内緒話のように、互いにホグワーツでの一年間を振り返った。額を突き合わせてくすくすと笑う自分達は、ひょっとしたら恋人同士に見えたかもしれない。



今年は隣に君がいない。

今年だけじゃない。きっと、この先永遠に。



電車の窓の外から笑い声が聞こえて、頬杖を付いたまま視線を向けた。9と4分の3番線へ通じる壁の前で、リリーがあの忌々しいポッターと向き合って何かを話している。

彼女のポッターに対する態度が変わった。角が取れてまるくなった。近頃ではよく、学校の廊下の真中で、あんな風に二人で笑い合ったりしている。その度に背筋をゆっくりと不気味な寒気が這った。



「…じゃあね、リリー。手紙を書くよ」

「どうせ毎日寄越すんでしょう。ふくろうが可哀相だからほどほどにしてあげてよ」



くすくす、と肩を震わせて笑う彼女の横顔が、幾度も引っ掻いてできた心の傷にひりひりと沁みた。

嫌な予感ほどよく当たるという。──彼女のあんな笑顔、自分は知らない。

蛇の生殺しのようにここで黙って見ていることしか出来ない。今更引き返すことも出来なかった。まぶしい道を選んだ彼女と、光の当たらない影の道を選んだ自分。



「じゃあね、ジェームズ」



リリーがつま先立ちする。手を伸ばしてポッターの首に手を回し、一瞬の抱擁をした。瞬きの内に消えた絵のような美しい瞬間が、心に更なる引っ掻き傷を増やす。

一瞬の記憶は鮮烈で、決して消えない。きっとこの瞬間が影絵のようにくるくると舞い続け、自分の心のうちに巣食って、いつまでも自分を苦しめ戒め続けるのだろう。



自分の乗るマグルの電車に彼女が乗り込んでくると、一瞬目が合った。重たそうなカートやふくろうの籠をいつも持ってやったものだと懐かしく思うと胸が熱くなった。

けれど沸き上がった熱は直ぐに、強力な冷却呪文でも浴びせられたかのようにして冷める。彼女がぱっと目を逸らして、何を言うことも無く、背を向けて別の車両へと行ってしまったから。



リリー、と。思わず遠ざかる背に小さく呼び掛ける。ささやきは小さくてか細くて、まぶしい背にはとても届かない。

思ったよりもその背が小さいと感じたのは、自分があの頃よりもずっと成長して大人になりつつあるからなんだろうか。

時が経てば経つほどその背は遠ざかる。遠ざかって行って、手を伸ばしても届かないところで、きっといつか、誰かの手をとって。



「……僕を見てくれ、」



押し殺した声でささやく。去年までは確かに隣に彼女がいたのに。きっとこのまま大人になっていくんだと思っていたのに。

あの目はもう自分を見ない。目が合ったところで、見なかったことにされてしまうほどに厭われてしまった。



黒い籠の中で黒いふくろうがバサバサと羽を羽ばたかせる。

──連れ帰ってもきっと、今年の夏は、誰に手紙を送ることも無いだろう。用済みのふくろうが出してほしいと請うさまは憐れを誘った。







end.
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