Harry Potter
□君には何も語るまい
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休暇になるとマルフォイ邸に遊びに行くのが、ローズにとっては恒例のパターンとなりつつあった。
かつて彼の父と対立し合っていたという、父のロナルド・ウィーズリーは、ローズが我が家をほっぽり出してマルフォイ家に行くことに対して好色を示しはしなかった。
それでも、自宅の玄関先にいつも定刻通りに現れて、物腰のよい優雅な所作で挨拶するスコーピウスを目の当たりにすると、いつも複雑な顔をして娘を送り出さざるを得ないのだった。
きっと、彼の父であるドラコ・マルフォイのイメージを、どうしても瓜二つの息子・スコーピウスに重ねてしまうのだろう、とローズは思う。
──といってもそれは、母・ハーマイオニーの受け売りなのだが。
「パパは私がスコーピウスと遊ぶのをあまり良く思ってないみたい。ママもそう思う?」
ずっと前、まだホグワーツに入学した初めの年に、ローズは父の居ないところで母にそう問い掛けたことがある。
すると母はゆっくりと首を横に振り、しゃがみこんで娘と目を合わせて言った。
「ローズが遊びたいと思う人と遊べばいいの。何よりも大切なのは自分の心。周りのことなんて、後回しでいいのよ」
そう教え諭した母の聡明な瞳に、なぜか遣る瀬無い色が一瞬過ぎったその意味を、幼い娘はまだ解することができなかった。
「そら、来たぞ」
ロンが苦虫でも噛み潰したような表情で「日刊預言者新聞」から顔を上げ、言う。
階段からパタパタと降りてくるローズを父はちらと後ろ手に見やった。
彼は今日も定刻通りにやって来た。
ローズは時計をちらりと見上げながら、髪を撫で付けて母を向く。
「ねえ、ママ。私の髪、変じゃない?どこもはねてない?結んだほうがいいかしら?」
「ロージー!あんな奴のためになんだってそんなめかしこんで…」
「ロン、あなたは少し黙ってなさいよ。どうせあなたに、女の子の気持ちなんてわからないでしょうよ」
ハーマイオニーが冷たく言い放つと、ロンはしゅんとして新聞を二つに折り畳んだ。
さすがに気の毒そうに父の背を見遣る娘に近寄って、母はにっこりと微笑む。
「おかしくなんかないわ、ローズ。それに彼は、結ばない方が好みなんじゃなかった?」
「う、うん…でもぼさぼさして広がっちゃうから、結んだほうがいいのかなって…」
頬を微かに染めてどもりながらローズが言うと、ハーマイオニーは娘の頭を優しく撫でて、大丈夫よ、とウインクしてみせた。
「──きっと彼も、たっぷりした髪が素敵だ、って思ってくれてるはずだから」
「─…え?」
ローズはきょとんとした目で首を傾げた。──彼「も」ってどういうこと?
しかし浮かび上がった疑問を呈するその前に、ハーマイオニーがぽん、とローズの背を玄関口へと押した。
「ほら、あんまりお待たせしちゃ悪いわよ。早く行ってあげなさい」
振り返って仰ぎ見る母の瞳はしなやかに微笑んでいる。
それでもしばらくの間じっと見てしまったのは、玄関の扉のガラスに映る彼の影に留まる母の視線が、心無しか長く縫い止められていたように思えたからだった。
「ローズ、遅くなる前に帰ってきなさいね。じゃないと、パパが発狂してしまうわ」
今度はおかしそうに笑いながら、歩きだしたローズの背に母が呼びかける。
燃えるような赤毛を靡かせて振り返り、娘も頷いて笑い掛けた。
──そこには既にいつも通りの母がいた。
end.