RinneU

□リングワンデルング
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天狼星が暗夜の高みからじっと見下ろしている。

鬱蒼と茂った森の草叢に潜む狼が青白い目を光らせているかのように、不穏な輝きを煌々と放ち続けている。

目に見えるものはそれだけだ。

自分が歩んでいる道すらも見えない。



「真っ暗だね」



すぐ後ろから桜がそう呟く声が聞こえると、りんねはちらりと背後を振り返った。

暗夜の暗く冷たい闇は一寸先の視界をも遮断しているため、彼女はすぐ後ろにいるにも拘らず、漆黒の帷(とばり)の向こうのその姿は彼の目には見えない。

りんねは小さく嘆息すると、ああ、と彼女に短い言葉で同意を表した。



「星しか見えないし」

「…そうだな」

「それに私たち、さっきからどこを歩いてるんだろ。同じところをぐるぐる回ってるみたい」



淡々と言う桜に、りんねは居た堪れなくなってすまない、と告げた。

ローファーの踵が見えない道をコツンと打つ音が耳に届くと、りんねは彼女の気配と自分との距離が少し縮まったのが分かった。



「なんで謝るの?六道くんのせいじゃないよ」

「いや…俺が面倒な霊の浄化に付き合わせたりしたから、こんなことになったんだし」

「そんなことないよ。私が勝手について来てるんだから、気にしないで」



そう言ってもらうと逆に自分の愚鈍さが身に沁みるようで、りんねはまたふーっと心の底からの溜め息をついた。

今回依頼された霊は、初めから面倒な霊だと彼自身思っていたが、成仏する刹那にりんねと桜に迷惑極まりない置土産を残していったのだった。

──どうやら二人はまやかしを見せられているらしい。

御陰でまるで暗夜に取り残されたかのように、先程からただこうして、闇の中をぐるぐる歩き回っているのだった。



しかしりんねには分かっていた。

この闇の帷をからげることが出来ないのは、暗夜が終わらないのは、自分のせいであることを。

己の心の闇に囚われている者が、その迷いに曇った瞳で目の前の闇を晴らしてみせることなど、およそ不可能なこと。

あの厄介な霊はそれを見越してこの実に有り難くない置土産を残していってくれたのだろう、とりんねは額に手を当てて数度目の溜め息をついた。



「……真宮桜。ひとつ、聞いてもいいか」

「ん?なに?」

「その……えっと、…」



珍しく歯切れの悪い彼の様子を不思議に思いながら、桜は続く言葉を待った。

りんねは気を取り直すように小さく咳をしてから後ろを振り返り、口を開いたがやはり言うべき言葉が出てこない。

二人の間に、暗夜の帷に折り重なって沈黙の帷までもが下りる。

頭上の天狼星が彼の意気地のなさを嘲笑うようにちらちらと揺れる。



──俺と手を繋いでほしいのだが、いいだろうか。



たったそれだけの言葉が何故、これほどまでに口にしがたいのか。

もどかしく思いながらもやはり舌に言葉を乗せることが出来ないまま、りんねは黙ってぎこちなく手を伸ばした。

指が触れても、彼女の気配は動揺を微塵も感じさせない。

彼自身が戸惑っているうちに、その手は桜の小さな手を遠慮がちに包んだ。



「多分、一人だとここから抜け出せない…から」



りんねが苦し紛れに呟いた言葉をひろって、桜はほんの少しだけ笑った。

その小さな笑い声を耳にすると心がざわざわとして、りんねはどこかへ消えてしまいたくなった。



手をつないだまま歩き出すと、闇の帷がするすると上がってゆき、目の前には道が開けた。

トンネルの終わりにあるような楕円型の光の出口をくぐり抜けると、そこにはいつもの風景がひっそりと広がっている。

彼の住む城、古いクラブ棟の屋根のすぐそばで、佳人の明眸のような明月が皓然とした光を纏って浮かんでいる。

荒城を渡る月はどこか物寂しいはずなのに、それは息を呑むほどに綺麗な光景だった。

二人は暫しの間手をつないだまま、魅入られたように、同じ景色を見上げていた。




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リングワンデルングという言葉がある。

吹雪や濃霧、暗夜のために視界が遮られて方向感覚を失い、同心円を描くように同じ場所をさ迷い歩くという意味だ。



自分ももう暗夜に囚われ迷いかけているのかもしれない。

ぬくもりの残る掌を明月に掲げながら、りんねはぼんやりとそう思った。








end.

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