Spirited Away

□禁術
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 人間の娘に恋い焦がれた龍がいた。
 魔法使いの弟子である龍は娘のことが忘れられず、ときおり覚えたての姿見の魔法を使って、遠く離れた人間界にいる娘の姿を見ていた。


 数年経つうちに、娘は身体にまろやかな曲線を描く大人の女へと成長していた。
 月日が経つほどに、龍の思慕はより一層積もり積もっていくばかりだった。
 娘をわが物にしたい。
 しかし所詮は龍と人。もとより生きる世界が違う。
 そのうえ龍は人間界での拠り所である川をとうに失ってしまっていた。
 世界と世界を隔てるトンネルの先へゆけば、実体のない化け物となってさまよう他はなかった。
 ではどうすればよいのだろう。あの娘に会いに行くには、一体どうすれば。
 龍は思いわずらい、次第にやせ細っていった。
 見かねた魔女が弟子に一冊の古い魔術書を与えた。今まで決して開いてはならないと言われていた、きわめて危険な秘術ばかりが記された書物だった。
「そこにはある禁術のかけ方が載っている。やるかやらないかはお前の自由だ。……やらないほうがいいと、あたしは思うがね」
 龍は魔女の鉤爪が示したくすんだページをくまなく読んだ。
 それは、龍を人に変えるという禁術だった。記述を追えば追うほどに、身の毛もよだつようなおぞましい術だった。
 しかし龍の心に迷いはなかった。魔女に一礼し、別れを告げると、龍は身一つで長きを過ごした高楼をあとにした。
 以降龍がこの高楼へ戻ることは二度となかった。


 龍は魔法を行うために深い森の奥にある湖へ閉じこもった。
 禁術は想像を絶する苦痛を伴った。
 白銀に輝く鱗が、まじないによって冥界から呼び寄せられた禍々しい毒魚達によって、胴体から一枚一枚ゆっくりと剥がされてゆく。
 鱗が剥がれたところから魚達の猛毒が侵入し、全身を火炙りにされたような感覚が支配する。
 底なしに暗い水中で龍はのたうち回り、苦しみにあえいだ。
 かすむ視界に恐ろしい幻影が幾つも見え隠れした。娘が龍をこばむ幻。娘が他の男の物となる幻。娘が死ぬ幻ーー。
 龍は美しい翡翠の瞳から沢山の涙をこぼした。涙の数が増えるほどに、娘を失う哀しみを知る度に、不思議と苦痛は和らいでいった。
 肉体的、精神的苦痛はある日ぱったりと止んだ。
 水中で溺れそうになり、何とか湖から陸へ上がった龍は、そのとき悟った。
 もはや自分が本来の姿ではないことを。


 美しい人間の青年となった龍は、トンネルを抜けて娘に会いに行った。
 娘は再会を泣いて喜び、青年の命懸けの思慕を受け入れた。
 その夜、二人は契りを交わした。
 龍は幸福のあまり涙した。その涙をふき取ってやり、娘ははにかむように微笑んだーー。


 それから幾夜、どれほど子が増え、どれほど年を重ねようとも、青年と娘はいつも同じ寝床で眠りにつき、いつも同じ夢を見た。






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