Rinne
□ウンディーネ 2
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眼下に小さな池が見えてきた。例の場所だ。りんねは青々と連なる木々をうまく避けながら、少しずつ下降していった。
うかつに近付くのは危ない。まずは、様子見だ。池のふちから少し離れたところから、りんねはその池を観察した。
水は澄みわたり、池の底が見えそうなほどだ。一歩一歩、少しずつ歩み寄ってゆく。水の下をゆったりと泳ぐ魚。時おり、水面に波紋が生まれた。木々が数本、池の底から生えており、清らかな水鏡にその姿を映している。
確かに、あやしげな池だ、とりんねは思う。
一見すればなんの変哲もない、人々に忘れられた静かな池でしかない。だがりんねはその静けさの中に、この世ならざるものの「気配」を感じている。不自然に静かすぎる場所には、何らかの力が働いていることが多い。それを経験上知る彼は、鎌をぐっと握り締めた。
「そこにいらっしゃることは、わかっています」
水面に向けて、呼びかける。
「俺は死神。この世に留まり続けるあなたの魂を救い、あの世に導く手助けをしたい」
穏やかに凪ぐ池はなにも答えない。
「人々を惑わすあなたを、死神として放っておくわけにはいきません。今すぐに、出てきなさい」
根気づよく、つとめて柔らかな口調で続けながら、りんねはゆっくりと歩みを進めた。
水面にりんねの姿が映った瞬間、──池の空気が変わった。
静かだった水面がこぽこぽと音を立てる。煮えているかのようだ。池の中心にむかって、渦を巻くようにして水が流れていく。水面に映るりんねの姿が、コーヒーにミルクをかき混ぜたかのように、渦に巻き込まれとけていく。
「やはり、いるんだな」
気を緩めれば池の底に引きずりこまれるかもしれない。りんねはスニーカーの底で少し湿った土を踏みしめ、渦の中心に鋭い視線を放った。
渦が止むと、その中心から突然、白く細い女の片腕が現れた。
細い手首が、鎌を構えるりんねの方にむかって、かくり、と折れ曲がる。
手招きをしているようだ。
「あいにくだが、俺はお前の道連れになる気はない!」
りんねはふわりと飛び上がり、「手」の真上まで来た。
不気味な手は、りんねが移動したと知るやいなや、今度は上にむかって手招きをし始める。
おいで、おいで、こちらにおいで──。
姿を見せる気がないのなら、強行あるのみか。そう思ったりんねが鎌を振り上げた、──そのとき。
西の地平線に、赤い夕日が完全に落ちた。
逢魔が刻。
あたりはまたたく間に、闇に暮れ始める。
太陽が消えたのを見計らって、池の中からなにかがトビウオのように勢い良く飛び上がった。
信じられないものを目の当たりにした。りんねは、口を半開きにしたまま硬直した。
いるはずのない人が──真宮桜が、目の前にいた。
続