Rinne
□枯れない花
1ページ/1ページ
桜がはじめに「彼」に対して持った印象は、掴みどころがない、何を考えているのか分からない、といったようなものばかりだった。
そして、こうして放課後に行動を共にするようになって数か月が過ぎた今でも、それは変わるところを知らない。
何となく親しくなれたかと思えば、どことなく突き放すような淡白な態度を取ったりする、そんな彼だから。
人と馴れ合うことを、それほどに好んではいないようにも思えたから。
だからこそ、逐一の行動言動に対して、あまり深読みしないようにと心掛けて、適度な距離を保って付き合ってきたはずだった。
──目の前の彼が、こうして真紅の薔薇の花束を自分に差し出すその意味など、彼女に分かるはずがない。
誰もいない放課後の教室で、いつものごとく涼しい顔をして、こうして花束をくれて寄越そうとしている、本人曰く死神みたいなことをしている同級生。
桜は、あまり深読みしないように、という普段の癖が災いして、いざ深読みしようというときになって、その真意を読み取ることができずにいた。
「──何?これ」
「何って、花束だ」
「いや、それは見れば分かるけど」
分かりきったことを、とでも言いたげな口調で返されて、桜はにわかに焦燥し始めた。
彼は、差し出した花束を、彼女に向かってさらに近づける。
鼻先に近く、目にしみるほどに赤々とした薔薇の束からは、あるべきはずの芳香がしなかったが、しかし桜にとって、そんなことは蚊帳の外だった。
落ち着き払って涼しい顔をしているけれど、一体何を考えているのだろう。
「いらないのか?」
「いや、いらないのかって言われても……なんでこれを私に?」
花びらと、彼の瞳。同じ色をしたふたつのものを、桜は交互に見比べる。
深読みするな、けれど深読みしなければ、と相反するふたつの声が、桜の頭の中でせめぎ合った。
そして不意に──これってまるで駆け引きみたいだ、そんなことを思って、桜は自分でその突拍子の無い思いつきに驚いた。
──駆け引きなんて、そんな…
恋してるみたいなこと。
「なんで、って言われると…そうだな……」
理由もなしに、その花束を寄越すつもりだったの、と桜は訝しげに真正面の顔を見据えた。
うーん、と彼女の机に頬杖ついて考え込むりんねの横顔は、そうして近くで見ると、驚くほどに端整なのだと改めて気付かされる。
何よりも、いつか街角の宝石店のショーウインドーで見たルビーのような、透き通った赤い目は、覗き込めば吸い込まれてしまいそうなほどに深く、鮮やかだった。
この人はいつも醒めた目をしてる、と桜は思っていた。
余裕綽々として身の回りで起きる茶飯事を見つめているような印象があった。
死神の任務を遂行するとき、あるいは自分の生活に関わるなにかが起きたとき、そんなときになってようやく、その目は焦燥したり喜悦したりする。
実は、そんな変化を傍らで見ているのが、桜は楽しいのだということに、この人は気付いてしまっているだろうか──と桜は思う。
花束を握り締めたまま考え込むりんねの頬が、なぜか少しずつ、薄らと染まっていった。
面映ゆそうに、桜と目を合わせられずに視線を落とすその様子が、いつものあの醒めた目をした彼らしくなくて、桜はほんの少し嬉しくなった。
この朴念仁のそんな顔は、滅多に見られない。
「い、いや、ほら…お前にはいつも世話になってるし……」
「じゃあ、いつものお礼ってこと?」
「う…ま、まあ…そんなものだろうな。うん」
しどろもどろに言うさまはもっとらしくない。
もっとそんな彼の様子を見ていたような気もしたけれど、追い詰めるのはそれくらいでやめにして、素直にそのささやかな贈り物を受け取ることにする。
桜は、両手を差し出して微笑んだ。
「わかった。じゃ、せっかくだからもらっとくよ」
「ああ……その、悪いな…本物の花じゃなくて」
ばつが悪そうに後ろ髪をかきあげながら、頬を染めたりんねはぼそりと言った。
桜は、花束を両腕で大事そうに抱き締めて、首を横に振った。
「ううん、これでいい。六道くんが一本一本、頑張って作ってくれた花だもん」
「そ……そうか?」
「うん。それに、これなら枯れないし。ずっと部屋に飾っておくね」
春咲きの花が綻ぶような笑顔に、普段は生活だけでなく、表情にもどことなく乏しい、彼女の向かいの同級生の頬も、思わずゆるんでいた。
そして、りんねは小さな声で、誰にともなくつぶやく。
「─…内職やっててよかった…」
「えっ?何か言った?」
「い、いや。何でもない」
普通の花束よりもずっと軽くて、芳しい香りすらない、紙でつくられた花をたくさん寄せ集めたその花束のほうが、もらえて何倍も嬉しい。
そんな自分の心を深読みするのを今はやめて、桜は造花のなかに、表情を隠した。
「……ありがとう、六道くん」
end.