Rinne

□ウンディーネ 3
1ページ/1ページ





「ま……真宮桜!?」
 りんねはすっとんきょうな声を上げたかと思うと、にわかに顔を赤らめた。
 長い髪やほっそりとした顎。肘につま先。身体の至るところから、彼女はぽたぽたと水滴を滴らせている。
 薄いワンピースを着てはいるが、水に浸かっていたせいで濡れたそれは身体にぴったりと張り付いて、なだらかな線がくっきりとあらわになってしまっている。ほとんど衣服の役割を果たしていない。りんねからしてみれば、裸も同然の姿だ。
 学校に行けば、毎日顔を合わせる同級生。──そして近頃は、ひそかに淡い想いを抱いている存在。
 そんな彼女のあられもない姿を目の当たりにして、さすがに正常心ではいられなかった。
「な、なぜ、こんなところに──?」
 赤らむ頬が見えないように、りんねはすばやく彼女に背を向けた。心臓が、やけにうるさい。
「──真宮桜?」
 返事がない。
 ごくり、と生唾を飲み、おそるおそる背後を振り返る。
 桜の癖のついた長い髪は、いつものようにお下げには編まれておらず、しっとりと水気をふくんで身体に張りついていた。それが彼の目にはやけに扇情的に見えて、りんねはまた、生唾を飲み込んでしまう。
 彼女がほほえんだ。ゆるやかに弧を描くその唇から、目が離せない。
 普段のりんねならば、きっとこの時点で、もしくはもっと早い段階で、それが「彼女」ではないと気付くことができただろう。むしろ、研ぎ澄まされた勘と洞察力を持ち合わせた彼が、それに気付かないことのほうが不自然だった。
 しかしこの時、すでにりんねは、心をとらわれていた。
 まんまと思惑にはまってしまったのだ。想いを寄せる相手の姿をした、水に棲む霊の。
 一人頭を抱えるりんねの背に、少女はすべるようにして近づいてゆく。
 細い腕が伸びて、彼の上半身に回されると、突然のことに、りんねの肩が強ばった。
「ま、真宮桜──!?」
「六道くん、」
 ──視える。
 りんねの背にぴったりと身を寄せた霊は、少女には似つかわしくない邪な笑みを浮かべつつ、満足気に目を細めた。
 こうして触れ合うと、視えるのだ。
 この少年が想う相手が、どのような姿かたちをしていて、どのような声で少年の名を呼ぶのか。そして少年が、心の奥底でどんな言葉を望んでいるのか──。
 借りものの声で、水霊が呪いの言葉をささやいた。

「──好き」

 ひゅっ、とりんねが盛大に息をのむ。霊は愛おしむように彼の背に頬を寄せ、回した腕に力を込めた。
 ゆっくりと、強ばっていたりんねの肩から、力が抜けていく。

「六道くんのことが、好き」

 それがとどめだった。
 振り返ったりんねが、突然彼女の腕をつかんで、ひき寄せた。
 少しだけきつい抱擁。霊は彼に見えないところで、ニッと口角を上げる。
「六道くんは私のこと、好き?」
「……」
「六道くん?」
 とろんとした目で彼女の瞳を見下ろして、りんねは小さく頷いた。熱に浮かされたような声でつぶやく。
「──うん」
「本当?」
「ああ。……本当だ」
「嬉しい。じゃあ、私と一緒に来てくれる──?」
 あなたの魂を、ちょうだい。

 黄泉の羽織がりんねの肩から滑り落ち、ぽちゃんと音を立てて水面にひろがった。
 ──彼が消えたところは。
 生まれた波紋が幾重にもなって、水面上にひろがっていた。





[戻る]
[TOPへ]

[しおり]