作品たち2
□ノウツツノナイトメアー
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フラフラと覚束ない足取りで夜の町を歩く。
昇った月は満月かと思ったが、違った。
端が僅かに欠けている。
町外れから町外れへと、さして変わらない景色の中ゆっくりと歩く。
一つ小さな砂利を踏みつけたところでようやく目的地に辿り着いた。
古ぼけた宿。窓は煤けてカーテンなどいらない程に曇っており、天井や壁の至る所に蜘蛛の巣がかかっている。
こんな真夜中に店主はいない。
本来宿を管理すべき人物が一体どこへ行ったというのか。
小さく舌打ちをしてから、他に客もいない宿の階段を上がっていく。
一段上がる毎に身体のだるさが緩和、されるはずもなかった。
ギ、ギ……
大体扉というものは多少は軋むものだが、殊この宿に関しては酷かった。
慎重に緩慢な動作で室内へ入る。
月明かりも届かない部屋の中、中心に置かれたベッドの上に小さな人影が見えた。
それを確認してただ何となく胸を撫で下ろすと、ゆっくりとそちらの方へ歩いていく。
一歩一歩近づくごとに、ベッドに眠る人物の寝息がハッキリと聞こえてきた。
こちら側へ背を向けているその顔を半ば覗き込むようにしてみれば、亜麻色の髪の間から睫が震えているのが見て取れた。
起こしてしまっただろうか――。
そう思いつつ、ベッドの脇に腰掛ける。
武器を抱え込むようにして寝ようとした途端、突如として背後から声がかかった。
「クォーク……」
「!?」
心臓が飛び出るかと思ったその勢いで背後に振り向く。
呼び掛けた相手は未だこちらに背を向けている。
寝言、と思う間も無くもう一度名を呼ばれた。
「クォーク……起きてるんでしょ?」
ぽつりと呟かれた言葉は確信を持ちながらもどこか自信なさげで。
まるで今夜の月のようだと柄にもない事を考えた。
「起こしちまったか……悪い」
「ううん、起きてたんだ」
「何してんだ。明日何があるかわかんねぇんだから今のうちに寝ておけ」
「でも……」
「何だ」
「クォークは、いつも夜になるとどこかへ行っちゃうじゃないか」
「……」
思わず言葉を失った。
いつから気がついていたんだ。
いつも、出掛ける時はコイツが寝付いてからを狙っていたのに。
ギリ、と奥歯を噛み締める感覚をどこか他人事のように感じながらゆっくりと口を開いた。
「何、言ってんだ」
「誤魔化そうとしても駄目だよ! 僕……僕、いつも不安になるんだ」
「不安……?」
後ろで布団の擦れ合う音がした。
宿同様古ぼけたベッドが酷く軋んだ音を鳴らす。
「何が不安になるっていうんだ。夜に一人になる事か? 俺がいないと怖くて眠れないのかお前は」
「そんなんじゃないよ! ……まぁ、それも少しはあるけど」
あるのか。
意味のわからないままに胸の辺りがチクリと痛んだ。
「じゃあ、何だっていうんだ」
「……言っても怒らない?」
「言わねぇとわかんねぇ」
「……じゃあ、言わない」
「コラ」
「ぅ……」
また後ろでゴソリと蠢く気配がした。
そろそろこちらに向いたのだろうか。
そう思い背後に振り返ると、目の前には予想以上に真っ直ぐな眼が自分を射抜いていた。
「……っ」
「クォーク、さ……」
何だ、と言おうとしたが表れたのは口の形だけで空気を震わす事はできなかった。
眼前で光る深い水を湛えたかのような瞳に言葉の全てが呑み込まれていきそうだった。
「夜中、出掛けて帰ってくると……すごく、疲れた顔してくるよね?」
真っ暗な中表情なんて見えるものか。
そうは思ったがこの瞳なら見えるものなのかもしれないなんてまた訳のわからない事を考えた。
「一体、何をしてきてるの……?」
「……それを知って、どうしようってんだ」
「それは……わからない。けど、僕、嫌なんだ」
「嫌? 何がだ」
「一緒にいるのに、クォークだけボロボロになっていくのは」
「……ボロボロとは酷い言われようだな。俺はそんなに見窄らしいか」
「違うよ! そうじゃなくて……」
真っ直ぐだった瞳が途端に揺らいだ。
その姿に目を伏せたくなったが、やつがそれを許さなかった。
「ねぇ、クォーク、教えてよ? 君は、僕が見てないところで何をしているの? もし僕にもできるような事なら手伝わせッ……!?」
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