いろいろ

□封じた想いで10のお題
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 有川が言っていた。


 『檀之浦には、まだ早過ぎる』

 ぼんやりと雨雲に覆われている熊野の空を眺めながら、思い出す。

 何が早過ぎるのか。

 木陰で夕立を凌いでいる身には、つまらない暇つぶし。
 それでも、何も考えずにここに立っているよりはマシだと思った。

 興味はない。

 そう、興味はない。

 俺にはどうでもいい
 どうせ、滅ぶ運命だ。
 遅いか早いかの違いに、希望など見いだせない。
 例え、滅ばずとも、甘美な毒に侵され、夢見心地で五感を奪われ、生きながら死に行くもの。
 どうでもいいのだ。
 そんな末路を辿らぬならば、戦に身を窶し、死と隣合わせにいる方が、生きていると実感出来る。
 誰かの死に、俺は生きていると。
 ただ退屈な日々に嫌気がさしただけなのだから。



不純な誓い




 ぼんやりと落ちていく雫を見ていると、後方で砂利が鳴る音がした。
 振り返ると、紫苑の長い髪をした美しい少女がいた。
 俺を呆然と見ている。

 穴が空くほど見つめられるとはこのことか。

 口から笑いが漏れた俺は少女に問うた。

 「俺の顔に何か?」

 少女が驚いて、肩を震わせた。

 「どうしてここにいるの?」

 おかしなことを聞く娘だ。

 他の年頃の娘とは違う何かを感じた。
 その瞳に、壮絶な光りを宿している。

 年頃の娘がこんな目をするなんてな。
 一体今まで何を見て来たのか。
 その瞳に何を宿して来たのか。

 興味が湧いた。
 見れば少女は傘をさしていない。
 雨にうたれるままだ。

 「来いよ。そこにいたら濡れるだろ?」

 俺の言葉にも少女は動かない。
 明らかに警戒している。
 くっと喉から笑いが零れる。

 警戒されるとなると、期待に添わなくてはならないな。

 俺はもたれ掛かっていた木から背中を離すと、素早く少女の腕を掴む。

 …はずだった。

 しかし、俺の手は空を切る。
 少女が素早く俺の手を交わしたのだ。
 さすがに面食らう。

 「質問に答えて。平家は熊野に来てるの?」

 おまけに俺が平家の人間だとも知っている。

 その瞳に壮絶な光りを宿し、俺を知っている…。
 まるで黄泉の国から来た使者のようだ。

 「そういうお前は誰なんだ?」

 俺の問いに少女は答えない。
 俺をしばらく見つめて、踵を返して走り去ってしまった。

 本当に黄泉の国の使者のようだ。
 こんな美しい娘が使者なのなら、閻魔様とやらも、随分粋な計らいをしてくれる。
 次に会う時は、死ぬ時か…

 悪くない。

 『お前はそれでいいのか?』

 有川の言葉を不意に思い出す。
 そして、笑った。

 さあ、どうだろうな?
 これでいいか悪いかは、俺が死ぬ間際までわからないだろう。
 まあ、見ていろ。
 最後に盛大に咲かせてみるさ。
 この世の物とも思えぬ、鮮やかな徒花を。





◆あとがき◆
恋愛物ではありません(死)
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