いろいろ

□封じた想いで10のお題
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 『俺の物になりなよ』と言ったあなたは、いつものように虚無的な笑みを浮かべて。
 黒い髪も、黒い瞳も、全てを見透かすような冴え冴えとした光りを放っている。

 あなたを憎いと思った。
 あなたを許せないと思った。
 なのに、どうして私はあなたを目で追うんだろう。
 どうして、いつもあなたのことを考えるんだろう。

 あなたに囚われてしまった私の心。
 憎くて、愛しくて、やるせなくなる。
 あなたの眼差しに、
 あなたのその声に、
 あなたの仕草に、私を魅せる魔力がある。

 『俺の物になりなよ』

 わかってる?
 その言葉を聞いた私が、どれほど心掻き乱されているかを…。



揺れる視界




 「もう、こんなことは辞めてください、大石さん!」

 私の声が京の夜の闇に溶けた。
 前を歩く大石さんが、けだるげに振り返る。
 暗闇、黒い着物、一見してもわからないが、匂いでわかる。
 つい先程、この人は人を斬った、と。
 大石さんは私の姿を確認すると、不敵に笑った。

 「また、あんたか。懲りないねぇ。そろそろ諦めたら?」

 その瞳に嘲りを含ませ、私に一歩近付く。
 私は逃げ出したくなるのを必死で抑える。
 そして迷いを振り払うように、大きな声で言った。

 「諦めたりしません!大石さん、あなたは間違って…!」

 最後まで言えなかった。
 大石さんは私の前で止まると、にやりと笑った。
 虚無的な、全てを嘲るような笑み。
 それが今、私に向けられてぞくっとした。
 愛しくて、憎くて、そして恐い。
 底の知れない闇に焦がれ、目の前にすれば恐しい。
 そんな矛盾した気持ちがないまぜになっていた。

 「俺が間違ってるなんて百も承知だよ。だから、何?」

 口の中がからからに渇いて、泣きそうになる。

 何故だろう。
 こんな最低な人。
 何故だろう。
 こんなにも憎くて仕方ないのに。
 何故だろう。
 …こんなにも愛しいのは。

 「俺に言うことを聞かせたいなら、そうだねぇ。」

 大石さんは楽しそうに目を細め、思案する。
 クスクスと意地悪に笑う。

 「俺の物になりなよ。そうしたら、考えてもいいよ。」

 約束なんて、最初からするつもりもないんだろう。
 ましてや、守るつもりなんて。

 「ねえわかる?俺の物になりなよって意味。」

 あなたが言うなら、意味は一つだ。

 「俺の手にかかって死んでくれる?」

 楽しそうに笑う大石さんに、何故か笑みが零れた。

 私も馬鹿だ。
 もし、私が本当に自分の思いを全うしたいなら、この人相手なら一つしか方法はないのに。

 そんな私を見て、大石さんは怪訝げに眉を潜める。

 「何?」

 私の気持ちを伝えるには、そしてその思いをわかってもらうためには、これしかないのだ。

 「いいよ、殺しても。それで大石さんは辻斬りをやめてくれるんですね。」

 やめたりなんか、きっと、しない。
 わかってる。
 それでも、私の思いをこの人にわかってもらうためには、これしかないのだ。

 どんなに言葉を紡いでも、どんなに思いをぶつけても、この人には響かない。

 だって、この人に響くのは生と死だけなんだもの。

 だから、いいよ、殺しても。

 心の中で、もう一度呟く。
 揺れる視界の中、大石さんが少しだけ戸惑った気がした。





◆あとがき◆
大石相手だと、結ばれないよなあ
大石好きの私が言うのも何だが、こいつが幸せになってるのが、想像つかん!(死)
まあ、百歩譲ってこの程度です(笑)
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