途切れた微笑み
□途切れた微笑み 第四話
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「お呼びですか、父上。」
エバーズ邸の一室で、一人の男の声が静かにこだまする。
ディーン・エバーズ。
彼は父に自室に呼ばれていた。
「あぁ。ガフェリアのカチェリィナ姫が、ドーラロズに逃亡したことは知っているな。」
ディーンによく似た面立ちの男が言った。
厳格な雰囲気を持った、ディーンの父、ディアランだ。
「承知しています。」
ディーンは静かに答える。
ガフェリア王国の王位継承者となった姫君の逃亡は、末端貴族のエバーズ家にも届いていた。
「お前に姫の護衛の任が下った。心してかかれ。」
俺に…?
「俺に、ですか?何故?」
ディーンは驚きながらも、静かに聞き返す。
他に適任者がいるだろうと思ったからだ。
ディーンの言葉に、ディアランは息を吐き、
「私が知るはずがないだろう。暇なのはお前くらいなのではないか?今、王都は姫のことでざわついているからな。光栄だと思え。お前が騎士として大成しないのなら、二度とない名誉だ。これからルルヴァースに向かえ。いいな。」
いつものことだが、父は辛辣にものを言い過ぎる。
有無を言わせぬ、威圧感もある。
ディーンは母の言葉を思い出した。
『本当は繊細な人なのよ。
ああいう態度を取らないと、重圧に押し潰されそうになってしまうだけ。』
思い出して、歯噛みする。
そこまで父上を理解していながら、何故、父上を裏切った、母上?
ディーンは父に礼をすると、部屋を出た。
王都、ルルヴァースか。
母の言葉を頭から追い出すため、ディーンは別のことを思案した。
天井を見上げて、息を吐く。
王都は苦手だ。
最後に訪れたのは、ユリウスのことを王に報告した時だ。
末端貴族のスキャンダルに、嫌な顔をしなかったのは、グラナート家ぐらいだった。
それまで、筆頭貴族の面々に会うことがなかったディーンは、それ以来、貴族というものに嫌悪を感じるようになっていた。
自身がその身分であることすら憎らしい。
爵位は、長兄のノーマンが継ぐことは決まっている。
家督を継げない男子は騎士として仕えるか、男子のいない貴族の娘に婿に出されるか、どちらかの運命だ。
それならば、騎士として貴族とは関係のない人生を歩みたい。
ディーンはそう思っていた。