怪獣

□語り継ぐこと
1ページ/3ページ


嗚呼恐ろしい。

目の前の男に、モスラはそう感じた。
白目であるべき部分は闇夜のようであり、瞳孔は骨のようだ。
体中が軋む。彼にやられた。バラゴンはぐったりしているし、彼女を支えているギドラも恐らくモスラと同様だろう。
先程まで狂ったように暴れていたその男は、口をつぐみ、膝を抱えて座っている。目の下にはくまがあるようにも見えた。
そしてここはどこかも分からぬ空間。深海のように周囲が闇で覆われた世界。
とにかく恐かった。どうして仲間思いの彼が、バラゴンを何度も足蹴にして、ギドラを何度も殴打したのか。そしてモスラも例外ではなく、その絹のように白い肌は痣だらけだった。
「…満足できたのか?」
血の絡まった咽喉で何とか言葉を発し、モスラは男に問うと、彼はクツクツと笑った。
「        」
一人の口ではとても発音できないような声を出す。喋らなかったわけではないのだ。
いくつかの言語が同時に始まり同時に終わったような、そんな感じ。
日本語、アメリカ英語、韓国語と、東南アジアのいくつかの言語。更に各地の方言に加え老若男女の交ざった声色。
これらの中から日本語を聞き出すのは難しかったが、彼の小馬鹿にした態度から、答えは非だと分かる。
「「聞こえなかったか?」」
今度は女声アルトと男声テナーの交ざった声だ。先程よりずっと聞き取りやすい。
片目だけ大きく見開き、口の端を釣り上げ、挑発的なアクセントを付けて言った。
「……」
「「あの程度で自分の心が満たされるわけないだろう?」」
「ゴジラ…」
そして彼はまた口をつぐむ。
いや、「彼」ではなく正確には「彼ら」だ。
太平洋戦争で死んだ人々の残留思念。こんなところで忘却への怒りに身を焦がすくらいなら、早くあちらへ行くべきだ。
そうでないと、この目の前の少女は母と、少年は兄弟と、兵士は家族と、青年は愛人と再会出来ない。
しかしその快い感覚より負の感情を優先させた。
それほど、許せなかったのだろう。
しかしどんなに暴れても時が経てば忘れていく。人間は必ず死ぬからだ。
皆が忘れたらまた人を殺して思い出させて、また忘れたらその繰り返し。
彼は皆に忘れてほしくないだけなのに、この永遠の地獄。
彼――ゴジラは地獄から抜け出さないんじゃない。抜け出せないんだ。
彼自身、気付いていないのかもしれないし、気付いていても憤慨で見えていないのかもしれない。
国の為に命を捧げたものに、無辜の少年少女に、この地獄の仕打ちは惨過ぎる。
モスラはそう思わずにはいられなかった。
「ゴジラ、聞いてくれ。私はお前を助けたい。」
彼を助けることは、国を守ることにも繋がる。しかしこのかつての同志を取り戻したい気持ちも強かった。だからモスラは澄んだ紫水晶の目で、荒んだ瞳のゴジラを見た。
すると彼はピクリ眉を動かす。
「助ける…?死神の自分を?」
自嘲気味に薄ら笑いを浮かべ、言葉を続けるゴジラ。
「誰も僕を助けてくれなかった。破壊だけが俺を助けてくれる。」
「違う!変わる時なんじゃないのか?」
瞳をそらさないで、モスラは彼に言い聞かせた。
だが彼はクッと目を細める。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ