怪獣

□彼岸花
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――嗚呼。

周りのものが、死んで行く。
俺が生まれた島も。

空は鮮血のような赤に染め上げられ、大きな雲は極彩色に艶やかなのに不気味だった。

嗚呼。
死んでしまった。

俺は、守れなかった。


返せ。

返せよ。

島の皆を、皆の命を返せ。
島を返せ。
返せ返せ返せ。

――俺の心を、返せ。



《彼岸花》


悲憤と慷慨のみが今の自分の行動源だ。
守る必要などない。
守るものなど何もない。
俺が守りたかったものは、全て悉く奪い取られている。
想いが強くなるたびに敵性種族―――人類を殺したくなる。
狂った血はとどまる事を知らず、ただ破壊と殲滅をし続ける。

破壊する先のビル内に、初老の男が見えた。

―――そうだ、覚えてる。

「有難う。」

不意に、俺が本当に何も大切なものを失っていなかった、あの日の言葉を思い出した。
俺の島を米軍が攻撃し侵略しようとして、追い払ったが瀕死の重態になってしまった時だ。
島にいた日本兵は結果的に俺に援けられた事になっている。
第二次世界大戦時、覚悟してラゴス島に前線を張っていた日本兵が、てっきり玉砕したと思い込んでいた祖国は、慌てて帰還収集に来た。
だから彼らは島を離れなければならなかった。
その日、日本軍部隊が俺の前で綺麗に整列する。
その中の指揮、隊長らしき日本兵が一歩足を進めた。
そして日本語を話し始めたのだ。
俺達は人類より第六感が優れている。彼の話は精神感応で分かった。
大体こんな内容だった。

貴方は島を守る為に戦ったが、私達の恩人には変わりはない。
我々を援けてくれた者を残して国に帰らねばならないのだ。
此処から運びだして治療してやる事も出来ない。
傷が癒える事を心から祈っている。
だが、貴方の事は一生忘れない。
ありがとう。

そして彼らは次々に敬礼をし、島を後にした。

―――あれでさよならだった筈なのに。

大日本帝国陸軍部隊ラゴス島守備隊隊長・新堂靖明少佐。

彼が、今俺の前にいる。
目を合わせれば分かる。思い出すのは被爆の10年前。昭和19年2月14日。覚えているよ、先頭を立った彼を。
彼は、此処に居れば俺に殺される事も分かっていた。
だけど、だからこそ、やはり殺さなければいけない。
目の奥が熱くなり、まばたきをひとつした。

何で…居るんだ。
今の俺が恐くないのか。
俺はもう二度と、人間を助けたりしない。俺はあの俺じゃないんだ。
新堂さんにも日本にも容赦しない。
悲しみと怒りに任せて哭き、血反吐が出るくらい憎悪する人間なのに。

新堂さん、全部分かっていて此処に居る。
俺によって助けられた。
俺によって破壊された。
『だから、最期も。』






「有難う。」
跡形もないビルから新堂さんの声がした。
アリガトウって、何だ?
忘れてしまった。

分からない。
なのに何でこんなに哀しくて苦しいんだろう。
俺にとっては、忘れちゃいけない、大切な言葉だった筈なのに。


胸に、痛みが残った。

「―――さよなら…新堂さん。」





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