怪獣

□落日
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昭和29年。ゴジラが東京を火の海に変えた。
闇夜に浮かぶ瞳、その姿は幽鬼の様だった――


「島を出ていけって?」
久々の同胞との出会いに喜びたいのは山々だったが、出し抜けに言われたので思わずラゴス島のゴジラザウルスは聞き返してしまった。
相手は若そうに見えるが貫禄が違う。その雰囲気は満腹時の鮫や猛獣にも似ていた。
「ああ、ここも危ない。死にたくないなら出ていくんだ。住めるような場所じゃなくなる。」
再び開いた口から中性的な声が出る。
いくら若く見えるといっても、既に成体であるラゴス島のゴジラザウルスと同じかそれ以上だ。
その割に声がやや高めではあったが、思った通り思慮深く冷静そうな声だった。
彼らゴジラザウルスは元来雑食で図体の割に随分とおとなしい。しかし縄張りはその範疇ではなく、体格相応の獰猛さを顕著にする。
だが、このラゴス島のゴジラザウルスは彼が縄張りを侵犯しに来たわけではないと知っている。いや寧ろ分かるというべきか。
確実に自分より格上。経験も、力量も、全て。
そもそもそれが目的なら、最初から力ずくでやっているだろう。
「………」
ラゴス島のゴジラザウルスは、目を伏せるような仕草をする。長い睫毛が影を落とした。
「出来ないよ。」
その返答に、警告しに来た男が、微かに目を細める。
「どうして、死にたいのか?」
そう問うと、ラゴス島のゴジラザウルスは何やら胸部に手を添える。昔、島を蹂躙しようとしたアメリカ軍によってそこに傷を負った事など来訪者の男は知らない。
「俺はこの島が好きだ。この島を守りたい。島が死ぬなら俺もここで共に閉じる。」
汚れさえまだ知らない黒い瞳。男はその瞳が映すであろう未来を呪った。
男は、穏やかで静かなる安住の地を灼熱の太陽を落とされたために追われた。
この男も、ラゴス島の青年と同じく、ゴジラザウルスだ。いや、それはもう過去形かもしれないし近い未来それは過去形になるかもしれない。ゴジラザウルスではない、何か別のそれも恐ろしい何かに変わってしまうような、その手に収まらない予感を、男は噛み締めていた。
「この島を置いて逃げるのは…」
男は眉をひそめる。次の言葉が何なのか、きっと脳裏をよぎったそれと同じような類の言葉を紡ぐのだろうと感じたからだ。
「死ぬより辛い。」
優しげながら、強い光を宿した瞳。覚悟。それが見て取れる。
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