怪獣

□語り継ぐこと
2ページ/3ページ

「何度私が死んだと思う?」
「お前らの命懸けなんて、俺にとったら少な過ぎるんだよ。」
「俺が苦しみながら死んでも、奴らは忘れよる…俺は悔しいんじゃ。」
「母ちゃんの骨だって見つけるまえに、ウチはピカの毒で死んだんよ。」
姿形は一定なのに、ゴジラは声だけ変えていく。満たされぬ魂の数だけ。
「人間」。「彼」――いや「彼ら」は怪獣でもなければ神でもない。それ以上に恐ろしいものだ。
ゴジラは人間だ。モスラ達とは違う。
「ゴジラ、」
「その俺をどう止めると?皆私を忘れる…ウチ、頑張ったんよ?ひもじくても、家族と別れたくなくても、非国民と言われても、…死にたくなくても!!」
モスラの台詞を断って、ゴジラは声を荒げる。
言葉を紡ぐにつれて、徐々に声が大きくなっていった。
それと同時に、彼の顔に血管のようなものがミシミシと浮き上がる。それは頬の辺りを根を張るようにして範囲を拡げていった。
「なのに、それなのに、皆俺のことを思い出してくれない!!思い出そうとしない!!」
突然、ゴジラが立ち上がった。
先程までの死闘で彼の体も傷だらけだったのだが、どこにそんな体力が残っていたのか。
彼は、その手にかつて自身の命を奪った爆弾と全く同じチェレンコフ光を瞬かせる。
「!!」
青白い光がこの空間全てを包み込む。猟奇的に笑みを浮かべるゴジラの顔に照る光が影を一層黒く染め上げた。

「逝っちまいなァ!」

光が、弾けようとした。
しかし、それは起こらなかった。
「…?」
不思議に思ってモスラはゴジラを見ると、その光は見る間に弱くなり、小さくなって仕舞には見えなくなった。顔に根を張る血管も沈む。
その突き出していた腕を、人形の糸が切れたかのように肩にぶらさげる。
そして今度は崩れるようにして膝が床に付いた。左手は右肩を、右手は左肩を、爪を立てるように抉るように抱き締める。
そして、
「あァぁああああああァアア!!!」
慟哭。
「熱い…熱いよ…体が痛いよ…ああああ…ガラスが痛い…!!」
重なる声はやはり一つの口から発せられていた。突然のことに、モスラは何が起きているのか理解できなかった。
しかし、ゴジラの爪が彼自身の体を引き裂いてるのを見て、モスラはハッとした。
「ゴジラ!」
モスラは走り寄ると、血のついた彼の両手を奪う。
「…!!」
それで気を取り戻したのか、ゴジラは目を見開いた。
「ゴジラ…お前は…火傷してたんだな。ガラスの破片が刺さってたんだな。」
彼を支配する悪夢に取り憑かれた彼の腕は、今だに化け物じみた力でモスラに抵抗している。だが、その力も徐々に弱まっていった。それにあわせてモスラも握る力を緩める。
「痛かったんだな、苦しかったんだな。でも、もう大丈夫だ。火傷なんてしてないし、ガラスだって刺さってないだろ?」
迷子の子供に言い聞かせるように、モスラはゴジラに言い聞かせた。
完全に力の抜けた彼の手を放すと、そっと彼の頭と背中を抱いた。
「全部吐き出せ、お前の悲しみを。」
その時、ゴジラの目が白からかつての黒曜石のような色に戻った。反対に黒かった白目は本来の人間のそれへと戻る。
「助…けて…」
複合した声から、モスラ達の知るゴジラの声になる。
「…ああ。」
モスラは頷くと、彼の黒髪を優しく撫でてやる。
「人は忘れる生き物だ。しかしその為に、語り継ぐ事がある。私達がそれを担う。」
そして、空間は少しずつ光を取り戻していった。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ