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□03:奇跡の調べ(前編)
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大志は時計をみた。
短針が、あともう少しで『4』を示そうという位置にある。
一方の長針は、いつからかほとんど動かなくなっていた。

「千牙先生。時計、壊れてるんじゃ…?」

今日も今日とて進路指導室。
大志は、また愛想のない簡素な丸壁掛け時計を指差して訴えた。
その様子に、そろそろ胃潰瘍にでもなりそうな腹を押さえつつ、千牙は指摘してやった。

「30分前から同じ質問をもう10回は受けているが?」

そんな千牙のあがきも虚しく、大志は既に自分の世界の住人だ。
ソファに腰掛け、思慮深げに目を細めている。
しばらく何事か思案し、ふと思い出したように時計をみては、アレだ。

(あ…11回目)

先程から、千牙の台詞で変わっているところといえば回数くらいなもので。
大志がこちらを振り向く。
薄目の唇をわって吐き出されるのは、

「千牙先生。時計、壊れてるんじゃ…?」


千牙は、出来ることなら年甲斐もなく泣いてしまいたかった。
しかしたとえ思うままわめいたとしても
否、時間を気にしてるくらいならと背を押しても、今の大志には届きもしないだろう。
溜め息は日に日に重くなる一方だった。




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