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□03:奇跡の調べ(後編)
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「セ…セーフ…」

血の味がする不快感と息苦しさに眉を寄せつつも、なんとか遅刻にはならなかった。
本当に間一髪だ、教室にはいった途端始業チャイムが鳴ったのだから。

「はい、じゃあ出欠とります」

そう言いながら若い女性がほとんど佳澄に続くように入ってきた。

(ああ、一時間目は英語だっけ…)

荒い息を整えて、授業を受けるべく鞄を急いで探った。













「佳澄、音楽室いかないか?」
「んぁ?」
「…口の中のものがなくなってからでいい」

こくりと頷くと、そのまま咀嚼を再開した。
しばらくもごもごと口を動かしていたが、やがて喉を巨大な塊が濁った音を立てて通過していった。

「ふは――――…」
「詰め込みすぎだ。喉につまる」
「大丈夫だって、」
「危ない」

子を諭す親のように顔を覗き込んで目を合わせる。
近すぎる距離に、思わず顔を背けた。

「佳澄?」
「…なんでも!」

頬が熱を持つ。
そのせいか、妙に頭がくらくらした。

(風邪でもひいたか…?)

違うのはわかっているけれど。
そうでも考えていないと、昨日からおかしい自分が説明できない。

(そのうち治る…よな)

「…顔が赤いな、風邪でもひいたのか?」
「あ――…かも」
「じゃあ今日はやめるか」
「平気だって、喉も痛くないし、昨日の分も取り戻したいし」
「…無理はするな」
「おう」

何気なく隣にいてくれて、さりげなく気遣ってくれる。
それがむしょうに嬉しい理由を、この時はまだ考えてもいなかった。

頬の熱さは、まだひかない。

















「よかった、佳澄がテナーで」
「まあ元々そんな低くないしな―」

グランドピアノの鍵盤を滑るように鳴らしながら、大志はとりあえず安堵した。
声は確かに高めだったが、歌声も同じとは限らない。
そこでピアノを習っていた大志が確認がてら発声を弾いたのだが、佳澄の実力は思った以上だった。




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