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それでも僕は彼を見ない。

「いー加減、こっち見ろって」

態度が悪いぞ。
人と話す時は目を見ないと。

くすくす。
魔法の合図のように。
僕へ向けて。
僕のためだけに。
僕しか聞いていない。
毒の呪文。

この部屋は僕と彼の世界だからだ。

「ねぇ、たいしぃ」

曰く『病人』の僕のそれより、細く白い指を這わせて。
そっと奪われる唯一の防具。

ああこれでまた彼を見るしかない。

「かずみ」

ああこれでまた蠱毒に飲まれていく。
溺れていく。





いつからだったか、もう思い出せない。





行為の終わったあと、気だるく浸る暇はない。
あれほど乱していた息をいつのまに整えているのか、彼はもう白衣を身に纏って支度を始めている。
僕は動けない。
まばたきの一つもできない。

「さ、大志」

合図。
すなわち命令。
一方的な。

注射痕で埋め尽されそうな右手と反対の、このあいだ痕がやっと消えたばかりの左手をとられる。
情事の余韻か、愛しげに僕の腕を撫でる。
僕は動けない。
動こうと、その意志がない。

「おやすみ」

細い針が、ゆっくり体内に埋め込まれる。
嫌だ、と抵抗したのはいつまでだったか。
日に日に弱り、日に日に薄らぐ記憶に恐怖していたのは、いつまでだったか。


僕の名前は大志。
彼の名前は佳澄。
此処は僕と彼の世界。
二人しかいない世界。
何かを少しずつ失う感覚。
代わりに与えられる快楽。

その世界から出たくて堪らないという衝動。


「だしてくれ」

何故出たいのか。
出てどうするのか。
覚えていないから、口にするだけ。
この次は、もっと忘れている。

「だめ」



「お前は俺のものだよ、大志」



画面は一瞬途絶えて、また再生される。





壊れるまで。





End.


→どげざんげ


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