その雇用主は?(完)
□第8章・・・過去
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お互いの気持ちが通じ合って、数日がたった。
「じゃあ、今度の仕事は長く続きそうなんだ?」
校舎の屋上で、メロンパンをかじりながら佐倉が言った。
「うん、まあね。あの人結構優しいしさ。基本的にズボラだから身の回りのことに関心ないし、家事もオレの好きなようにさせてもらえるからやりやすいんだ」
「ふぅ〜ん、いい職場に恵まれて良かったじゃん。今までは人間関係でトラブって辞めること多かっただろ?」
「んー・・、まぁね」
佐倉の言うとおり、神はバイトを長く続けられたことがない。理由は色々とあるが、面倒なのであえて語らないことにする。
だが、今度の職場は、人間関係が円滑どころか、そこに恋愛感情まで追加されているのだから、苦にならないのは当然のことなのだ。
自分と浩二の関係を佐倉に打ち明けられないもどかしさを感じたが、いくら親友だからといって、そこまでぶっちゃけた話しは出来ないから、神は当たり障りのない返事をするしかないのだった。
下校時間、いつものようにスーパーに寄って浩二の自宅に行く神の横を佐倉が並んで歩く。
浩二の所で働くようになってからというもの、神は学校が終わると、一目散にスーパーに走っている。
5時のタイムセールスで主婦連中に遅れを取るわけには行かないからだ。
世の奥様方は夕方のタイムセールに魂を燃やしている。
その中に入るには友達と談笑しながらちんたら歩いている暇などない。
だから、最近は神と佐倉は帰りは別々に帰っていた。
「はぁ〜、疲れた・・・。僕あんなに猛ダッシュしたの中学の陸上競技依頼だよ。でも・・アレはマジで凄まじかった。神が毎日ダッシュで帰るのも頷けるよ。スーパー着いて3分もしないうちにあの人だかりだろ?しかもみんな目ぇ血走ってるし・・。怖かった・・・」
走りすぎて重くなった足を持ち上げながら、疲れたように佐倉がボヤく。
「だろ?アレ掻き分けるの大変なんだよなぁ〜。でも浩二に旨いもん食べさせてやりたいからさ」
眉を八の字に歪ませてるわりに、何だか幸せそうな神を、佐倉は小さく首を傾げて見つめる。
「神って安藤さんのこと呼び捨てにしてんの?」
「あっ!え、え〜っと・・」
しまったと神は口篭る。
慌てて言い訳を探して取り繕った。
「やっ、オレも最初はちゃんとさん付けしてたんだよ。でも、あっちが呼び捨てのほうが煩わしくないからそうしてくれっていうから・・・」
はははと空笑いを浮かべる神に佐倉は疑惑の眼差しを向ける。
「でもさぁ〜・・、何ていうか神、妙に嬉しそうだよな?雇い主にメシ作るのがそんなに嬉しいわけ?」
「うっっ・・・。そそそれはホラッ、あの人スッゲェ旨そうに食ってくれるし、こっちも作りがいあるっていうかさ!今まで店屋物が殆どだったから家庭の味に飢えてたらしいし。だから別に特別な意味はないっていうかさっ」
「ふぅ〜ん・・・」
明らかに挙動不審な身振り手振りをする神を、佐倉は疑いの眼でジト〜っと見る。
そして次にはいつもの笑顔を見せた。
「まぁいっか。やりがいがあるってことはいいことだよな」
両手を頭の後ろで組んで、佐倉は納得したように言った。
突っ込んだことを訊かれなかった神はホッと胸を撫で下ろした。