FANTASY

□Episode.1-1
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目が覚めた。
太陽の光が顔に当たっているのを感じるが、まどろみのなかではそれすらも心地よくて、目を開くのを一瞬躊躇してしまう。
それでも仕事は待ってくれないことは分かっていて、仕方なしに右目を開いた。

「…朝だー…」

気持ちのいい、いつも通りの朝だ。
ベッドの中で大きく伸びをすると冬の冷たい空気が肺を満たして、ようやく起き上ることができた。


家のすぐそばにあるスタル川から冷たい水を汲みあげる。
スタル山から続いているこの大きな川は、この街での唯一の水源だ。
どこもかしこも、この水を水道管を通して家の中に引いて生活をしている。
当然俺もそのうちの一人だ。

今日もスタル川の水で顔を洗い、水の届かない隣町に水を届けるために何度も水を汲み上げ、特殊な魔法をかけてもらった大きな樽に入れていく。
それを荷馬車に積み込む作業を何度も繰り返して、ようやく四輪の荷車を樽でいっぱいにすることができた。
ちゃんと注文分の樽があることや、途中で樽が落っこちたりしないように固定してあることを確認してから荷車を引いて歩き出した。


冬の隣町までの道は厳しい。
しっかりと足を踏みしめていないと、降り積もった雪と急な勾配の所為ですぐに荷車がずり落ちてしまう。
それでも足を止めることができないのは、隣町までの峠にはモンスターが多数出没しているという噂の所為だ。
そのせいで、まだ隣町には水道管がない。
同じような理由で水を供給されないいくつかの町や村に水を配達するのが俺の仕事だ。

そうは言っても、何年もこの仕事をしていて、モンスターなんか見たこともない。
ただの噂だろうなぁと思っている。
それでも少し心配になって、峠を越えるときは多少急ぎ足になってしまう。
滑り止めが意味をなしていないようなブーツで地面を踏みしめながら、今度新しいブーツを買わなきゃなぁと痛い出費にため息を吐いた。

そんなことを考えているうちにその峠も越える。
やはりモンスターは出なかった。
後は隣町までの平坦な一本道だ。
今日の仕事も無事終えたかと少しほっとする。

がさりと、あまり遠くもない草むらが揺れた。

意識することもなく肩が跳ねた。
どくどくと心臓の音が煩いぐらいに聞こえる。
思わず止まった足は、もう二度と動かないんじゃないかと思うぐらいに硬直してしまった。
早くここから逃げないと、そう思うのに、どうしても足が動かない。
それどころか息さえまともに吐き出せない状況で、草むらが揺れる音だけはだんだん大きくなってくる。
俺の意思に反して、俺の顔はゆっくりと動く。

大きく揺れた草むらから、目を逸らすことができなかった。


「ぐっ…」

「……人…?」

一際大きく草むらが揺れて、倒れ込むように道に転がってきたのはモンスターでもなんでもなくて、俺と同じ普通の人間だった。
この世界のどこかにはエルフという人間に類似した森の種族がいるらしいが、その特徴である尖った耳がないので本当に普通の人間なんだろう。
とりあえず想像していたようなものではなかったことに詰めていた息を吐いて、一度荷車を手放してその人間に近づいていく。
フードつきのマントを着ているから、旅人か何かだろうかと考えながら軽くその体を揺する。

「う…」

「起きろー。こんな日に外で寝てたら死ぬぞー」

怪我をしている様子はないのだが目を覚ます様子はない。
病気だろうか、それとも疲労しすぎたのかとしばらく考えてみたが結局この人がどれに当てはまるのかわからない。

「……ミゼルさんに診てもらうか…」

隣町で唯一の医者の顔を思い浮かべながら其の人を荷車に乗せ、少しでも体を痛めないようにと俺のコートで全体を包んでからまた荷車を引き始めた。


「あ!兄ちゃんだ!」

「エル兄ちゃん!」

「おー、おはよう。ミゼルさんいるー?」

「いるよー、呼んできてあげるね!」

「頼んだ」

楽しそうに笑いながら駆けていく隣町の子供たちを見送って樽を固定していた縄を外す。
注文票を見ながら水の入った樽を各家の裏にある樽置き場に移動させる。
注文した数の樽をそこに置いて、今度は空になっている樽を荷車まで持っていく。
そういう作業を何度も繰り返して、水の配達が終わったことを町長に確認してもらって金を貰えれば一応今日の仕事は終わりだ。
ちょうど最後の樽を運び終わったとき、向こうから町長が歩いてくるのが見えた。

「どうも、町長。水の配達、全て終わりました」

「ありがとうございます。いつも助かります」

「いやー、そう言っていただけると」

「それで、報酬の話なんですが…」

「いいですよ。いつもの通り、少しの食料と薬草を分けていただけるだけで十分です」

「…本当に、いつもすみません…」

「ここの峠は厳しいですからね。街に野菜や道具を売りに行くことなんてそんなに頻繁にできませんよ。気にしないでください」

「今回も、できるだけのお礼はさせていただきます」

「はい、ありがとうございます」

実際、こういうほぼ孤立している町ではあまりお金というものは役に立たない。
寧ろお金は町では作れないようなものを買う時に最も大切なものだ。
そんな大事なものを差し出されても俺は受け取らないだろう。
貰えないというよりは、貰わないと言った方が正しい。

「兄ちゃん!ミゼルさん呼んできたよー」

「ん、ありがとうな。ほら、今日も飴持ってきてやったぞー」

「わーい!」

「一人三つだからな。独り占めするなよ。ちゃんとみんなで分けるんだぞ」

「うんっ」

「ありがとう兄ちゃん!」

麻袋を抱えた二人の子供が走り回って町中の子供を呼びまわっている。
子供と言っても大した人数がいるわけではない。
両手の指でぎりぎり数えられないぐらいだ。
それほど、この町は小さい。

「…どうして子供たちがお前になついてるんだと思ったら、餌付けしてたのか」

「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ」

「よくもうちの子を餌付けしてくれたな」

「してませんって。相変わらず勇ましいですね」

木の箱を片手に提げてやってきたミゼルさんは、未亡人というやつらしい。
旦那さんは子供が生まれてすぐに行方不明になったんだと町の人に聞いたことがある。
それから一人で子供を育ててきたミゼルさんは、俺が子供たちを侍らせているのが気に食わないようだ。
侍らせているつもりはないのだが、どう見てもそうとしか見えないらしい。

「男勝りなのは子供の時からだ。で、用ってのはなんだ?怪我でもしたのか?」

「ああ、俺じゃなくて、この人を」

「ん?」

荷車から降ろしたマントの人を指さすと、真剣な顔で作業をし始めるミゼルさんにあっちに行っていろと目で怒られた。
見てるだけなのになぁと思いながらそこを少しの間離れることにする。

食料と薬草を受け取って、町の人たちと少し話をして、ミゼルさんが俺を呼んだのはかなり時間が経ってからだった。


「おいあんな奴とどこで知り合ったんだ?」

「別に知り合ったわけじゃないです。ここに来る途中で倒れていたので」

「そうか…」

「それよりも、あの人、どこか悪かったんですか?」

「ああ…症状的には過度の疲労だな。あと二日は寝ていたほうがいいだろう」

「そうですか…わかりました。ありがとうございます」

「それともう一つ」

「はい」

「あいつ、呪い持ちだ。お前のことだから面倒を見るつもりだろうが、やめておけ。相当厄介な呪いだ」

「……はい?」

呪い、とはなんの話だろうか?
そう首を傾げる俺を見て、ミゼルさんは呆れたのか怒ったのか、俺の頭を殴ってすたすたと歩いて行ってしまった。
なんだったんだろう。
そう思いながら未だ目を覚まさないマントの人を見やる。
思っていたより、若かった。
俺と同い年ぐらいだろうか。


 
 

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