FANTASY

□Episode.1-2
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朝日がまぶしくて目を開けた。
窓のすぐそばに置いてあった椅子に座って寝たのが悪かったらしい。
別段用もないのに目を覚ましてしまった。
ベッドを見ると、変わらず目を閉じているマントの人がいる。

結局、呪いのことを詳しく聞くこともできずに家まで戻ってきてしまった。
あれから二日経った今でもマントの人は目を覚ます様子がない。

今度水を届けに行ったときにミゼルさんに詳しいことを聞いてこようと思いながら、今後数日は水を運ぶ仕事がないので、適当に鉄を打つことにした。
親父から受け継いだ技法で作った包丁やナイフは評判が良く、街で売ればそこそこな値段で売れるので、水を運ぶ仕事がない時はいつも鍛冶場に籠って鉄を叩いていた。
今回は時間もあるし、そこまでお金に困っているわけでもないので少し時間をかけて作ってみるかなどと考えながら一晩中座ったままで凝り固まっていた背中の筋肉を解す。

とりあえず顔を洗おうと立ち上がると、ほんの少し、ベッドが軋む音がした。
隣を見れば、上半身を起こしてぼんやりと自分の手を見つめているマントの人がいた。
目が覚めたのか、とほっとして、ミゼルさんの言葉の正確さに感心しながらベッドに近づいていく。

「おはよ。気分は…」

「寄るな!」

強い口調で放たれた言葉に、え、と反応を返す間もなく腹に強い衝撃があって、自分の両足が地面から離れるのを感じた。
どちらかと言えば狭いと表現される家なので、宙に浮かんでいる時間はほんのわずかで、後ろにあったタンスに強か背中をぶつけてしまった。
少しだけ息が止まる。
咳き込み始めた俺を見て、片足を上げていかにも蹴りましたといった格好で静止していたマントの人は焦った様な顔をした。

「ごほ、げほっ…驚かせてごめんな、気分はどうだ?」

「…悪くは、ない」

「そうか、よかった。腹が減っただろ。朝飯にしよう」

靴はベッドの下に置いてあるからなと伝えて久しぶりの朝食の準備をする。
普段は朝食なんて食べないからなんだか新鮮だ。
パンとハムエッグと野菜スープ程度で構わないだろうか。
ジャガイモの皮をむきながら少し後ろを見ると、靴を履いたはいいが手持無沙汰なのかきょろきょろと部屋を見回しているマントの人がいて、少しおかしかった。
表の川で顔を洗ってくればいいと告げれば、無言のまま外に出て行ったマントの人に思わず笑ってしまった。

ジャガイモとニンジンを煮込んだところに固形スープを入れる。
軽くかき混ぜてスープが溶けたところで手で千切ったレタスを入れ蓋をし、ハムエッグに取り掛かった。
この間隣町でもらった食料の中にあった手製のハムを薄めに四枚切り、熱したフライパンの中で両面を焼いてそこに卵を二つ割り入れる。
片面を焼いたら黄身が半熟の状態で皿に取り分ける。
フードの人は半熟が嫌いだろうかと少し考えたが、もしそうなら後で火を通し直せばいいことに気づいて今は放っておくことにした。
最後に、バターを塗ったトーストと野菜スープ、ハムエッグに隣町でもらったブルーベリーのジャムをテーブルの上に置けば朝食の準備は完了だ。

未だ戻ってこないマントの人はどうしたのだろうと扉を開ける。
川に向かって座り込んでいる背中を見つけて、声をかけようと歩き出した足は、いつの間にか速度を上げていた。

「おいっ!何してるんだ!」

「……」

肘まで水につかっていたマントの人の両腕を掴んで引き上げる。
冬の冷たい水に短くはない時間沈められていただろうその両腕からはなんの温もりも感じなかった。
下手をすれば、腕が無くなってしまったかもしれないのに。
もう一度怒鳴りつけてやろうと思ったが、それよりも腕を温めることが先だと思い直して引きずるようにマントの男を家の中に入れる。
濡れた服を半ば無理やり脱がせ、俺のセーターを着せた。
普通に温めようかと思ったが、下手をすれば軽い凍傷になっているかもしれないと考えて、暖炉の前に座らせて、直接自分の腕で温めることにした。
肘の上まで袖を捲りあげて、そこを自分の掌で肘の上から温めていく。
嫌がるように頭を振っていたが、気づいていないふりをして温め続けた。


「…もう大丈夫だ、離してくれ」

「本当か?」

「ああ、ちゃんと動く」

目の前で握ったり開いたり、曲げたり伸ばしたりを繰り返す二本の腕を見て知らず知らずのうちに浅くなっていた息を吐き出した。
心臓に悪い。
とりあえず全然温められていない掌が心配なので俺の皮の手袋を渡した。
冬に使えるよう街で魔法をかけてもらったものだから普通の手袋よりは暖かいだろう。

「大丈夫なようなら飯にしよう。座ってくれ」

寧ろ座れ、と少し古くなった椅子を指差すと少し迷ったようだが何も言わずにそこに座った。

「食べられないものがあったら残しておいてくれ」

「…特にない」

「それならよかった」

そこから二人とも無言でパンをかじったりスープを飲んだりしていた。
当然、どれも冷め切っていたけど、誰かと飯を食べること自体が久々だったから特に気にならなかった。

「スープのおかわりあるけど」

「…もらう」

「ん。コーヒーかホットミルクどっちがいい?」

「コーヒー」

黙々と食べ続けるマントの人の横で二人分のコーヒーを淹れる。
ついにはほぼ鍋一つ分のスープを平らげたマントの人に少し驚いたが、この二日は寝てばかりだったから腹も減ったんだろうと考えた。


「俺はエル。名前は?」

「イル」

「年は?」

「わからない」

「大体でいいよ」

「…20ぐらいだと思う」

「ふぅん。俺は今年で22だ。イルはどこから来たんだ?」

「…分からない」

「…どうしてあんなところで倒れていたんだ?」

「……言えない」

「そっか」

呪いってなんだ?とまでは聞く気になれなかった。
言えないなら無理に聞こうとも思わないし、言いたくないなら尚更だ。
その代わりにもう一つだけ質問を重ねる。

「これからどうするつもりなんだ?」

俺のその質問に、しばらく考えていたイルが口を開く。

「…少し、この辺りを調べたい。理由は言えない」

「いいよ、言わなくても。この辺にいるならここに泊まっていけよ。街もすぐそこだし」

「駄目だ」

「なんで?」

「……言えない」

「じゃあこうしよう。俺はイルに十分な食事と寝床、この辺りの情報を与える。その代わり、イルは俺の仕事を手伝ってくれ。期間は一か月。…どうだ?」

そう言って笑うとイルは迷うように俺を見て、自分の腕を見た。
やはり凍傷になっていたんだろうかと心配になった俺の前で、初めてイルは小さく笑って見せた。

「いいだろう。交渉成立だ」

「よし」

「ちょっと俺に有益過ぎる気がするんだが…」

「俺の仕事は辛いぞー」

「……」

「ははっ、冗談だって」

冗談に聞こえないと蹴とばされた足も、怒ったようにコーヒーを飲むイルも、空になった鍋も、全部おかしかった。


 
 

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