FANTASY

□Episode.1-3
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「とりあえず、あと数日は大きな仕事がないからゆっくりしてていいぞ。腹が減ったら適当に食っててくれ」

「お前は何の仕事をしてるんだ?」

「んー…簡単に言えば運び屋ってやつ?」

「……今時それでやっていけるのか?」

「それなりには」

「…そうか」

ぐるりと部屋を見回すイルは何か言いたそうだったが、結局何も言わずにまたコーヒーを飲み始めた。
狭い家。
決して新しいとは言えない家具達。
住人の生活が豊かでないことは確かだろう。
そんな部屋を見たイルが何を言おうとしていたのかは大体わかるので、白々しく聞き返すようなこともしない。
確かに、今は運び屋なんていう仕事なんかなくても良い様な平和な世界だ。
隣国と戦争をしたり、内紛が起きていた時なんかは物を運ぶ技術に優れた運び屋がたくさんいたらしいが、戦争のない今の世の中ではその名前すら聞かなくなっている。
それほどまでに廃れた職業になってしまったということだろう。
まぁ、何を言われてもこの仕事を辞めるつもりはさらさらない。
理由と言えるものがあるのかと問われても、頷けはしないが。
とりあえず食後のコーヒーも飲み終わったので予定通り鉄を打つことにしよう。
軽く伸びをして立ち上がり、使った皿やカップを洗いながら背中でイルと言葉を交わす。

「俺は隣の鍛冶場にいるから、何かあったら呼んでくれ」

「仕事か?」

「どっちかと言えば趣味だな。手伝ってもらうようなことはないから好きにしててくれ」

「わかった。適当に外を見てきてもいいか?」

「勿論。…そうだ。何かあったときはこれを思い切り地面に投げつけてくれ」

コートのポケットに入れていた袋から卵大の金属を渡す。
薄い鉄鉱でコーティングされた中には、大きな音と光放ち、数10分は黒煙を吐き出し続ける特別な火薬が含まれている。
爆弾を受け取ったイルは何度か光沢のある表面を眺めていたが、特に何を聞くこともなくそれをズボンのポケットに突っ込んだ。

「わかった。他には?」

「特に無いぞ」

「そうか」

「マントや荷物はそこの台の上に置いてある」

「ああ」

皿の水気を布で拭き取って棚に戻していく。
その間に身支度を整えたイルは扉を開けて出て行った。
ぎぃぎぃと高い音を立てて軋む木の扉の立てつけを直そうと思いながらもう二カ月近く経っている気がする。
一人ではなかなか扉を直すのは難しい。
どうせならイルに手伝ってもらうかなぁと考えながら片づけを続けた。

「ん?」

再び棚に皿をしまおうとして、イルの荷物を置いていた棚に黒い布で包まれた何かが置いてあることに気づいた。
忘れたわけじゃなさそうだなと考え特に気にすることもなかった。
着々と片付けを終え、昨日大量に作り置きしておいた木炭を鍛冶場に運ぼうと外に出る。
隣に建つ小屋の扉に手を伸ばした瞬間、地面でなにかが反射した。
近寄ってみるとどうやらそれは刃の光らしい。
白銀の光を放つ刃を拾い上げる。
それは、柄だけではなく刃にも繊細な装飾が施されたダガーだった。
朝の光に照らされた刃は、神々しいと言えるほどのまばゆい光を放った。
あまりの美しさに感嘆の言葉すら出てこない。
ダガーをひっくり返したり、柄を握ってみたり、刃に自分の指を押し当ててその切れ味を確認した。
美しい、その一言しか浮かばない。
刃に刻まれた焔、柄に絡み付くヘビの装飾は、美しくそしてダガー本来の使い易さを損なうことはない。
軽く触れただけで鮮血が吹き出る程鋭く磨かれた刃は、それだけで芸術と言っても過言ではないだろう。
これだけの品だ。
このダガーを納めていた鞘はそれに見合うだけの美しい姿だったのだろう。
何故こんなものが落ちていたのかはわからない。
だが、少なくとも昨夜はこんなものはなかった。
もしかしたらイルの持ち物かもしれない。
そう考えて、麻布に包んでテーブルに置いておいた。

再び外に出る。
美しいダガーの姿が頭から離れない。
強く頭を振って思考を切り替え、今度こそ木炭を詰め込んだ小屋の扉を開けた。
木炭を鍛冶場の中にある大窯に投入し、その中心に置いた鋼の鍋にオリハルコンを入れる。
木炭に火を灯しオリハルコンが溶けるのを待った。
その間に一番大きな金型を準備する。
本来なら、ナイフでもダガーでも何でもよかった。
時間があるから、久しぶりに長剣を作ってみようと思ったのかもしれない。
もしかしたら、あの美しいダガーを作った奴への対抗心からかもしれない。
久々に見た特大の金型は、いつのまにか自分の背丈よりも小さくなっていた。

オリハルコンが溶けたらそこに別の鍋で溶かしていたダマスカス鋼を入れ混ぜ合わせる。
冬とは思えないぐらいに熱を発する作業だが、嫌いではなかった。
その合金をゆっくりと、金型に流し込んでいく。
余った合金はダガー用の金型に流し込んでおくいた。
あとはこの合金が固まったら削り出していくだけだ。
とは言っても、その工程が何より難しい。
下手をすれば一週間も掛かる様な作業だ。
次の運び屋の仕事は三日後だから早いところ済ませてしまわないとどんどん先延ばしになってあの立てつけの悪い扉のようなことになるかもしれない。
かなり急ピッチな作業になることを覚悟して、ふとイルのことを思い出した。
普段ならいくら鍛冶場に籠っていても何の問題もないが、客がいる状態ではそうもいかないだろう。
いや、一応客ではないのか。
勢いでこんなことになってしまったが、本当にこれでよかったのかどうかはわからない。
イルは無理矢理俺の条件に頷いたのではないだろうかと今更そんな疑問が浮かんでくる。
言動が軽率過ぎたかなと少し反省しながら、スタル川から汲み取ってきた冷たい水を二つの金型の上にぶちまけた。

完全に冷えて一枚の板状になった合金を金型から取り出し旋盤に側面を押し当てるようにして削っていく。
大体の形が決まったころ、窓から差し込む光は赤く染まっていた。
調子良く進んでいるが今日はこの辺でやめておいた方がいいだろうか。
ふと、またイルのことが頭に浮かんだ。
全く作業に集中出来やしない。
それもこれもミゼルさんの所為だ。
呪い持ちだとか、近寄らない方がいいだとか。
そんなこと気にする方が馬鹿げてる。

「…呪い、かぁ…」

そう言えばイルは何を調べにここに来たんだろう。
今更だと呆れられてもおかしくないような疑問が浮かんだ時、冬の冷たい空気を切り裂くようにして聞こえたのは、イルに渡した対生物用の威嚇爆弾の音だった。

全身の肌が粟立っていく。
咄嗟に、壁にかけていたグラディウスを引っ掴んで扉を開いていた。


 
 

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