FANTASY

□Episode.1-4
1ページ/1ページ

 

燃えていると錯覚するほど赤く染まった空が不安を増幅させる。
足を一歩踏み出した瞬間、目も開けて居られないような風が正面から吹き付ける。
ほんの一瞬だったが、何故か森に、山に、川に、拒絶されているような気がした。
足を踏み入れてはいけないような、足を踏み入れるなと言われているような、そんな威圧感がある。
だが、今もまだ威嚇爆弾特有の黒い煙がスタル山中腹から夕焼けの空に立ち上っている。
俺は進まなきゃならない。
最短距離で威嚇爆弾が爆発した場所に向かうには道のない場所を突っ切っていくしか方法がない。
草を掻き分け木に手をかけ蔦を掴んで前へと進んでいく。
強い向かい風が吹いていたが、俺の両足を止めるまでには至らなかった。

逸る心臓を押さえ付けて黒煙に向かって歩き続けていく。
普段のスタル山なら、野兎や鳥の一匹は見かけるが、威嚇爆弾のせいで大抵の生き物はどこかに逃げてしまったんだろう。

「(大丈夫だ、大丈夫)」

イルが間違って、もしくは好奇心で威嚇爆弾を投げつけてしまったんだと信じている。
もし熊か何かに襲われていたとしても、普通の動物は逃げているはずだ。
そう考えようとしても、脳裏をちらちらと過ぎっていくのは一番想像したくない情景だった。
こんな思いをするぐらいなら俺も一緒に行けばよかった。

黒煙は細い糸ほどに薄くなっている。
早くたどり着かないと威嚇爆弾の爆発地点を見つけることが困難になるだろう。
早くなる足を止めることも忘れ、視界を塞ぐ長く伸びた草を踏み締め、細い枝を手で折りながら進む。
そうしてたどり着いた場所で、想像していたような情景は見ることができなかった。
そのかわり、信じたくないほど悍ましい傷跡が残っていた。

「…なんだ、これ…」

地面に残った大きな爪痕。
土をえぐる跡は四本あり、拓けた場所にえぐり出された土が散乱している。
しかし、山の木々にその跡は全くと言っていいほど残ってはいなかった。
何が起きていたのか全く理解できない。
巨大な爪痕は不自然に途切れている。
木に傷をつけているか、木が折れていてもおかしくないはずだ。
そんな疑問はすぐに消えてなくなることになる。

「ちっ…なんなんだよこの風は…!」

俺の視界を塞ぐかのように轟々と吹き付ける風は急速に眼球を乾燥させていく。
自然と目が開けられなくなってきて、腕で庇いながら必死で目をこじ開けた。

「…なっ…」

ここは本当に現実なのだろうかと自分の目を疑った。
渇ききった目が痛いが、俺はただ目を見開くことしかできなかった。
俺が見ているその前で、掘り返された土が宙を舞っていた。
舞いあがった土は風に吹き飛ばされることはなく、おそらく元在っただろう場所にゆっくりと移動していく。
風が止んだ頃、あれだけ大きく抉られていた地面はその跡すら残していなかった。
近づいて、その場所の土を触ってみる。
掘り返した跡も、埋めた跡も見つからなかった。
思い出すのは黒煙が上がった直後から吹き付けていた強い風。
もしかして、と今まで進んできた道なき道を振り返るが、踏みつけてきた草や手折ってきた枝はどこにもない。
どうやら、さっきの風でこの地面と同じく、元に戻ってしまったらしい。

夢でも見ているかのような現実を目の当たりにして頭がくらくらする。
ここで何があったのか、そんなことはもう知りようがない。
とにもかくにも、イルを見つけないことには何も解決しないだろうと辺りにイルの姿が見えないことを確認してからもう一度木々の間をすり抜けていく。

「イル!聞こえないのか!返事しろ!」

何処にいるのかもわからない相手を見つけるのはかなり難しい。
近づいているのか遠ざかっているのか、それすらも分からずにただ呼びかけることしかできない。
今の状況ではその行為すら危険だろう。
あれだけの爪痕を持つ動物を俺は見たことがない。
必死に呼びかけて、呼び寄せたものが未知の生物だったらと思うと背筋が凍る。
でも、今は呼びかけることしかできない。

「イルー!」

何度も強い風が吹く。
轟音は耳を塞ぎ、視界を狭め、喉を枯らせていく。
それでも声を張り上げる。
少しの音も聞き漏らさないように神経を研ぎ澄ませ、腕で目を庇いながら辺りを見回す。
背後の草むらががさりと音を立てた。
俺の声が届いたのかと振り返った俺の目に飛び込んできたのは、大きな口を開けて今にも俺を食わんとする三つの頭を持った犬だった。
俺の顔程もある鋭い牙を俺の腕に、足に、胴に食いこませようと首を伸ばす怪物に、頭が真っ白になった。

「うっ……おおおおおおおおおおっ!」

腰に差していたグラディウスを引き抜く。
両手で握りしめたグラディウスを顔の横で地面と平行に構え、怪物の一つの頭の真中を狙って身体ごとその刃を突き立てた。
怪物の苦しむ声が耳のすぐそばで聞こえる。
身体は一つなだけに、痛みも共有しているらしい。
なるべく大きな力を込めるために体ごと突っ込んだのが悪かったらしく、ぎょろりと至近距離で俺を睨む目は完全に俺を記憶したようだった。
痛みなんて関係ないように両側から二つの口が迫ってくる。
縦に突き刺していたグラディウスを捻じる様にしてもう一度深く突き刺し、思い切り引き抜く。
空気が振動するほどの悲鳴。
噴き出る血を全身に浴びながら威嚇爆弾を地面に投げつけ、伸びていた草の間に転がり込むように逃げ出した。
強い衝撃を受け、薄い金属の中で火薬と液体が混ざり合い爆音と光を発する。
耳を塞ぐことはできたが咄嗟の行動だったために目を庇うことができなかった。
強すぎる光に目が機能しなくなった。
一瞬で視界が白に染まる。
何も見えないこの状況で迂闊に動くのは危険だが、今はあの化け物から逃げることを最優先にしなくてはならないだろう。
なにより、威嚇爆弾の光を背中で受けた俺よりも正面でその光を受けたあの怪物の方が回復するのは遅いはずだ。
そう判断して手と足の感覚だけで前に進んでいく。

「イルー!どこだー!返事しろー!」

しばらくそうやってどこかもわからない道を躓きながら進んでいく。
がさりと草が動く様な音がして足を止めたが、耳でしか周りの様子がわからない状態ではそれがイルによるものなのかも確認できない。

「イル!?そこにいるのか!?」

そう叫びながらまた足を踏み出す。
数歩歩いたところで、踏み出したはずの足が地面を掴めなかった。

「…え…?」

スタル山は比較的なだらかでも急でもないような山だ。
だが、山の中腹近くの滝がある場所だけは流水に削られた土が崖を作りだしている。
いつのまにか黒煙が上がっていた場所から遠く離れた山の裏側にまでたどり着いていたらしい。
空中に投げ出されそうになる体は心地よくもない浮遊感に包まれる。
だが、どうのしようもない。
地面と接する部分がなくなり、もう落下するしかなかった俺の身体を、腕を、背後から誰かが掴んだ。
強く腕を引かれ、倒れ込むように土の上に投げ出される。
まだ視界は戻らない。

「…イル…か…?」


 
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ