桜物語
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近藤さんに視線を向けられた斎藤さんは畏まった仕草で頷くと話し始めた。
「昨晩、京の都を巡回中に浮浪の浪士と遭遇。相手が刀を抜いたため、斬り合いとなりました。隊士らは浪士を無力化しましたが、その折、彼らが『失敗』した様子を目撃されています。」
斎藤さんはいい終えると、ちらり、とこちらに視線を投げ掛けた。
俺は根が素直な千鶴に言わせる前に言い出した。
「俺達は何も見てません」
清々しいぐらいにキッパリと言うと、土方さんは心なしか表情が和んだ。
「なぁ。お前ら本当に何も見てないのか?」
「見てませんよ」
「あれ?総司の話では、お前らが隊士どもを助けてくれたって話だったけど?」
「知りませんよ。何度も言いますが俺達は何も」
「ち、違います!」
急に声を上げた千鶴に俺は内心驚いた。千鶴がこれほど懸命になる理由はやはり、"綱堂さん"だろうか…?
「私達が」
「違わないよ」
俺は千鶴が話しだす前に自分から話しだした。幹部達は上手く千鶴が誘導尋問にかかったのに、俺が妨害したことに不満を持っているようだ。
「俺達は昨晩、浪士から逃げていました。その際、妙な奇声を感じましたので千鶴に見せたら悪影響だと感じ、気絶させて眠らせました」
「本当か?」
問うてきたのは平助さん(あれ、この人の名字知らねぇや)
千鶴は隣で驚いていて声が出ないようだ。
「はい。」
「でも、君は見ちゃったんだよね?」
「……そうですね。ですが、先ほどお話したように千鶴は何も見ていません」
「晋哉…、何言ってるの…?」
何とかして彼女だけは逃がしてあげないと…その思いでおこした行動が、千鶴にとって更に混乱を与えるだなんてことは考えていなかった。
千鶴は僅かに残っていた冷静さを失ってしまっていた。
「私達は、その浪士から逃げていて…。そこに新選組の人たちが来て…。だから、私達が助けてもらったようなものです!」
「お前気絶してたんじゃねぇの?」
「違います!」
あぁ、やはり彼女は素直でいい子だ…。
俺は混乱状態の彼女を止めることのできないまま、話が進んでいた。
「じゃ、隊士どもが浪士を斬り殺して場面はしっかり見ちゃったってわけだな?」
「!!!」
「…お前は根が素直なんだろうな。それ自体は悪いことじゃねぇんだろうが…」
悪いのは俺だ。俺の馬鹿げた行動が千鶴に混乱を招いたんだ。
千鶴は"誰にも言いません…!"と主張するがそれで納得するような連中ではなさそうだ。
「やっぱり約束を守らない保証なんてないですし、解放するのは難しいですよねぇ」
"殺しちゃいましょうよ"と沖田さんが軽い口調で言うと、千鶴は必死に声をあげた。
「総司!物騒なことを言うな。お上の民を無闇に殺して何とする!」
近藤さんの言葉に沖田さんは一瞬だけ真面目な顔になったが、すぐに今までと同じ表情に戻った。
「嫌だなぁ、ただの冗談ですよ」
「冗談に聞こえる冗談を言え…」
斎藤さんは溜め息まじりにそう言った。
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