NOVELU

□優しい魔女
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『優しい魔女』


prologue)



いつもの通学バス。


そこそこ混み始めて、僕の下車するバス停まであと3つという時。



「あ…あら?お財布…」

思わず漏れてしまったのであろう、動揺を含んだか細い声が、運転席の後ろの席に座っている僕の耳に届いた。

窓の外をぼーっと眺めていた僕は、その声に惹かれて振り返った。



まず目に入ったのは、鮮やかな桜色の頭髪。

そして、今は困惑の色を浮かべる――湖面のように綺麗な、蒼い瞳だった。


滅多にお目にかかれないくらいの美少女で、僕は思わず不躾な視線を送ってしまっていたのだろう――彼女は、僕と目が合うと、申し訳なさそうに急いで頭を下げ、焦りながらあちこちのポケットを探り、鞄のなかにも手を突っ込んだ。

だが、どうやら目的の物はないらしい。


乗車する客は全てバスの中におさまり、発車するのを今か今かと待っており――朝の忙しい時間帯、一刻を争うものもいるのだろう…顔を顰めている者もいる。


「すいません、降りま…」

「この人の分です」

居た溜まれず、諦めて下車しようとする彼女の言葉を遮ると、僕は、手を伸ばして、料金箱に200円を入れた。


驚きに瞳を見開き、桜色の彼女は、僕の手の動きを追った。

僕の手が、元の位置――膝の上に載せた鞄の上に戻ったと同時に、視線は僕の顔へと移る。

僕はその事に気付いていたけれど、何故か気付かぬ振りをして、顔色ひとつ変えることなく、そのまま座っていたのだった。



何事もなかったかのようにバスは発車し、彼女は慌てて、身近な僕の座席の横に立った。


「ありがとう、ございました…助かりました――あの」

心底ホッとした顔で――恥ずかしさからだろうか、ほんのりと頬を染め――彼女は軽く頭を下げた。

僕は、彼女の顔をちら、と見るが、すぐに視線を逸らしてしまう。


「早く発車して欲しかっただけだから――気にしないで」

「そうはいきません。お財布を忘れてしまったようですので、後日、必ずお返ししますから、ご連絡先を――」


態度も言葉もそっけない僕にめげることなく、彼女は真剣な表情で食い下がってくる。


よほど真面目な性格なんだろう――まるで、命を助けてもらったかのような対応だ。



普段の僕であれば、まず連絡先を教えるなど、面倒くさくてやらないだろうし、大体、他人に金を貸してまで人助けするなどありえない。

今日の僕は、全くどうかしている。


「じゃあ、携帯出して――これ、僕のメルアドだから」

と、赤外線通信で、アドレスを送ると、ちょうど僕の目的地に着いた。


「自由高校前です」

アナウンスに促されるように僕は席を立つと、どうぞ、と彼女に声を掛けた。

「あ――」

彼女の口が何かを言いたげに開くが、下車する波に呑まれて彼女の姿さえ、すぐに見えなくなってしまった。



バスを見送り、校門へと向き直ると、後ろから肩をポン、と叩かれた。


「キラ、見てたぞ」

「アスラン」

同じクラスの――幼馴染で親友のアスラン・ザラだった。

彼も、同じ路線のバスで通学しているのだが、いつもは彼は生徒会の仕事があるために、これより早い時間に乗っている。

よりにもよって、妙なところを見られた、と僕はあからさまに溜息をついた。



「珍しいな、お前が他人に関心を示すなんて」

アスランはそんな僕の様子に慣れっこであるからか、全く気にする様子も無く、碧の瞳を細めてからかうように笑う。


僕は不愉快そうに眉を顰め、彼を横目で睨んだ。

「別に――たまたま気が向いたから」




そう、あれは、単なる気紛れだったんだ――きっと。



でも、確かにあの出会いが、僕を変えていくことになり――君という人間が、僕の人生に関わるきっかけになったんだ。




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