NOVELU

□アネモネ(最終章)
3ページ/8ページ


――――いったん実家に寄り、また他の土地に移ろう

レオンは思いつめたような母の顔を心配そうに見上げながら歩いていたが、前方に視線を移すと「あ」と、小さく声をあげた。

「どうしたのですか?レオン」

彼の視線を辿るが、木々の間を厚いベールの如く覆う霧に隠れて視界がはっきりとしない。

しかし、未だ前方を見つめるレオンの顔は微かに喜びの色を浮かべ、白い頬には赤みが差している。

ラクスが訝しむように周囲を見渡していると、



「どこに行くの?」

何処からか声が聞こえた、と同時に霧に覆われた一角が途切れ、大木に寄りかかりながらこちらを見つめている、レオンと同色の髪の持ち主の姿が現れた。

朝もやの中、あまりに幻想的な光景に、幻を見ているのではないかと、ラクスは目を瞬いた。


「お兄ちゃん!」


レオンは彼のもとに駆け寄り、嬉しそうに足に抱きついた。

ラクスは手を口に当てたまま、呆然と……その2人を見ていた。

「どう、して……」



キラはレオンの頭を撫でながら、紫の瞳を優しげに細めた。

「ラクスの行動はお見通しだよ」


レオンと手を繋ぎながら、ゆっくりとキラはラクスの方へ歩み寄る。
一歩一歩、地面を踏みしめながら。

ラクスに向ける眼差しは限りなく優しく、温かい。

「君の元ダンナが…僕のところに来た時、君に子供が出来たと言ったんだ…それが決定打になって、僕は、君のところへ行けなかった。いや…」

キラはそこで大きく被りを振った。

「―――僕は結局、それを理由に逃げたんだ……君から。ごめんね……君を、酷く傷つけてしまって」

ラクスの正面に立つと、瞳からこぼれ落ちようとするものを堪え、彼は深く頭を下げた。


ラクスは静かに首を振る。

「ムリも無いことです。学生だったキラには私と、私の背負った荷物はあまりに重過ぎました…。
私は、貴方を恨んだりしていません。だから……もう、私を放っておいてくださって、大丈夫ですから…」


「ラクス」

キラは、数度頭を振ると、ラクスの白い手を取り、その深い蒼の瞳をまっすぐに見た。

「恥を承知で言うよ。僕は、君を今でも愛してる……僕の人生は君がいないと、何の意味もないと分かったんだ」


――――そう、みっともなくても構わない。
君とやり直したい……時間を巻き戻すことは叶わなくとも、今までの時間を補って余りあるくらいに、君を、君達を幸せにしたい。



「僕と結婚、してくれないか?ラクス。レオンと一緒に……【親子】3人で暮らしたいんだ」

キラの視線がラクスのスカートの端をぎゅっと握り締めるレオンに移り、愛しげに微笑んだ。


「キラ…何、を……」

ラクスは戸惑いに蒼の瞳を揺らし、視線を外して身を引こうと試みるがキラの手がそれを許さなかった。

「レオンは、君と僕の子でしょ?――――ラクス」

ラクスは顔を逸らしたまま、苦悩に表情を歪ませる。
「いいえ…ちがいます」
力なく首を振り否定するが、キラがこれで納得しようとは思ってはいなかった。

――――キラは気づいてしまった……もうごまかせない。


しかし、キラはラクスをそれ以上問い詰めることはなく、ふいに表情と力を緩めると、彼女から手を離して、一枚の葉書を差し出した。


「今週末…同窓会があることは知ってるよね?レオンも一緒に―――そこに行こう?
そこに、僕の住所と携帯書いてあるから…連絡、して?」


ラクスは無言で葉書を受け取るが、視線は地面に向けたままだった。



キラはレオンを抱き上げ、額にキスを落とすと、優しく抱きしめた。

「君を愛しているよ…レオン」

そう囁くと、レオンは驚いたように顔をあげた。
その深い蒼の瞳が紫の瞳をじいっと見つめ―――かつてのラクスそっくりの笑顔でにっこりと笑うと、キラの頬にキスを返した。


「じゃあね、ラクス……連絡、待ってるから」

キラはレオンを優しく地面に降ろすと、踵を返して、未だ晴れぬ霧の中に姿を消した。





「キラ…」

小さく呟かれた名は、誰に聞かれることもなく、空気に溶けていった。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ