NOVELU
□桜守(4)
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「もう一度、おっしゃってくださいますか?」
ラクス・クラインは、放課後、図書室のいつもの席で生徒会の調べ物をしていたとき、突然に後輩の訪問を受けた。
冷ややかな視線、声音にも動じず、キラ・ヤマトはニッコリと微笑むと一枚の紙を彼女の前に差し出した。
「何回でも、言いますよ」
キラは不敵に微笑む。
「ラクス先輩、僕のコンクール出品用の写真のモデルになってください」
「お断りします」
即答すると、ラクスは顔を伏せ書物に視線を戻した。
「どうしてですか?」
「時間がありません」
「僕も時間が無いんですよ…締め切り、あと2週間後なんで」
「だから、なぜわたくしなんです!?」
キラはいきなり詰め寄ってくる彼女に驚き、目を丸くする。
いつも穏やかで、沈着冷静。優しいクライン会長がよりによって図書室で声を荒げたことに、他の生徒も驚き、好奇の視線を向けている。
ラクスは我に返ると、気まずそうに再び顔を伏せて、黙り込んだ。
その様子が可愛らしく――キラは思わず、破顔する。
普段は完璧なまでに外面も内面も堅くガードされているのに、いったんメッキがはがれると、彼女の可愛らしい一面がひょっこりと顔を出す。
そのギャップが面白く、もっと、それを知りたいと――彼女の本質を引き出したいとキラは強く願った。
「桜の木を背景にして、人物をメインに写したいんです――それには、桜に負けないインパクトを残す人物が必要ですし、先輩のイメージがぴったりなんですよ。それに、先輩は僕の知る限りでは一番綺麗な女性です」
躊躇いもなく恥ずかしい台詞を平然と言ってのけるキラに、ラクスは顔が熟れたトマトのように赤くなってしまい――慌てて顔を背けた。
「先輩?」
「なんで、そんな恥ずかしいことを仰るんですか!」
「恥ずかしくなんかないでしょう?ほんとのことです」
「な…」
ラクスは、耳まで赤くした顔をキラへ向けた。
紫に輝く――綺麗な瞳は、ラクスをまっすぐに、優しく見つめている。
思わず、彼女は胸をときめかせてしまう。
そんな2人のやり取りにあてられ、図書室内の他の生徒は顔を赤くしたまま、そ知らぬふりで本を開いて誤魔化していた。
――ただ、耳だけはキラとラクスの会話へと向けて。
”春
満開の桜の木の下、
神祇装束で桜の木の下に立つ少女――
『君の絵を描かせてくれないか――君は僕の知る限りで一番美しい』 ”
むせ返るほどの、桜の薫り――――
「ずるい、ですわ………」
昔の”彼”と同じ言葉を――絵のモデルを頼んできた”彼”と、同じ言葉を使うとは……
『貴方はなんて優しくて、残酷なんでしょう』
ラクスは襲い来る眩暈に、倒れそうになるのを必死で堪えた。
「先輩?何か……」
キラには先程のラクスの言葉がはっきりと聞こえず、首を傾げている。
「わかりました」
「え」
「わかりました――お引き受けします」
あくまで表情は変えず――事務的にラクスは受け答えた。
「ありがとうございます、ラクス先輩!」
一礼し、満面の笑みで図書室を出るキラの姿を、部屋の中に居た全員が暖かく見送った。
ラクスはとうとう、キラの前では笑うことは無かったが、走り去る彼の後姿へ向けた眼差しは限りなく優しく――そして切ないものだった。