NOVELU

□傷跡
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その音に気が付いた男女の動きがとまり、上に位置していた男がゆっくりと体を起こした。


「す、すみません…人が居るなんて、思わなくて…私…!」


顔を俯かせたままラクスは必死で謝罪し、泣きそうになりながら立ち去ろうとする。


少しの重苦しい沈黙の後、



「―――後はよろしく頼むわ」

アタフタする自分の声とは対照的な、落ち着いた女性の声が聞こえ、ラクスは思わず面を上げた。


ちょうど女性が衣服を整えつつゆっくりと立ち上がり、男性へ目配せをしたところだった。


「はいはい――了解」

男性は、面倒くさそうに手を振ると、ラクスの方へ一瞬、視線を向けた…ラクスは思わず身体を強張らせる。

―――暗闇で顔は見えないものの、気配でラクスは察した。


自分の横を女性が通り過ぎる瞬間、細い光に照らされた横顔がはっきりと見えた。

(確か、英語の先生…?)


入学式で見ただけなので、担当は定かではないのだが、教職員の紹介の中で確かに見た顔だった。

―とびきり美人だったので最も印象に残っていた、まさしくその人。


廊下に響き始めた彼女の硬い靴音でラクスは我に返り、慌てて部屋を出ようとした。



――男性と2人きりなんて、兄様に怒られてしまう。

しかも半裸の男性と、だなんて、卒倒してしまうことだろう!


「で、では、失礼し…」

身を翻し、出口へ向かおうとしたとき、


いつの間に近くに来ていたのだろう?

―――ラクスの左腕はしっかりと男性に掴まれてしまった。

「…?!」


ラクスの頭は突然のことにパニック状態になる。

「はっ…離してくださいな…!」


必死に腕を振りほどこうとするが、ビクともしない。

薄暗い中にボウっと浮かぶ細身の体からは想像できない力強さにラクスは一瞬恐怖した。



「わ…私、誰にも言いませんから…!」

「ほんとに?」

耳に響く、男性としては少し高めの繊細そうな声。


「ほんとです…っ!それに私は貴方の顔を見ていません…」

ふっと、男性から発せられる空気が和らいだ気がした。


「そっか――じゃあ、これは約束のシルシね」


「―――!?」

唇に一瞬感じた温もりと、仄かに香る男の香り――

「じゃあ、行っていいよ、バイバイ」


あまりにすばやい動作に呆気にとられ、ラクスは呆然としたまま、促されるまま教室を後にした。


(キス、されました……)

―――初めて他人に触れられた唇



廊下をしばらく進み、ふと、立ち止まる。


――あれは、誰だったのか?先生なのだろうか?まさか、生徒という事は…
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