NOVELU
□優しい魔女
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act.2) 魔女
キラは授業に集中しているかのように見えて実は、隣で必死にノートをとる桜色の髪の転校生について考えを巡らせていた。
(やっぱり、どう考えても不可能だし…いやそもそも”走ってきた”というのは嘘で、タクシーかなんかで戻ってきたとか…いや…)
いくら考えても、堂々巡りで答えが出ない。
勉強においては、キラにとって有り得ないことだ。
不思議なことに、彼女をあのバスで見かけたはずのアスランに話しても、彼は全く意に介する様子はなく『まあ、何かの手段をつかったんだろう?』と、平然としている。
――どうしてだ?
キラは、心の中でしきりに首を傾げていた。
「なんだ、誰も分からないのか〜じゃあ、すまんがヤマト、解いてくれるか?」
クラス中の、期待に満ちた視線がキラに集まる。
相変わらず己の思考に耽っていたキラは、いきなり集まった視線にさすがに驚き、慌てて周囲を見回した。
その様子に、数学教師のムゥは、見る見るうちに顔を青ざめさせる―――
「まさか、ヤマト……聞いていなかったんじゃ――」
愕然とした表情でキラを見、丸くした教科書を固く握り締めた。
クラスメイトもあまりの驚きに固唾を呑んでキラの動向を注視している。
―――まったくもってその通り、全く、何も聞いて居なかったキラは、観念して真実を言おうと口を開く―――と、そのとき、頭に軽い衝撃を感じる。
「?」
思わず頭を押さえて周囲を見れば、隣の席の桜色の少女が、自分の腕で教科書を隠しながら必死である箇所を指差していた。
問題さえ分かれば、コチラのもの。
教科書レベルのものであれば数秒あれば解答できるのが、キラ・ヤマトだ。
「2/3 です」
「――正解」
たちまちホッと緩む、周囲の空気。
ムゥも、優等生の鑑であるようなキラに授業を無視されていたとなれば、いい職員室の笑いものになるところだった。
あからさまに安堵すると、涙目で”座ってよし――ただ、お願いだからこんどはもっと早く答えてくれ”と、嘆願する。最後に”心臓に悪いから”と付け加えられたのは、前の席に座っている者だけが聞き取れたようだった。
―――僕としたことが……
キラはばれぬように舌打ちし、苛立ちをぶつけるように、教科書を押し広げた。
隣の少女はすでにまた、ノートへとかかりきりになっており、キラは礼を言うチャンスをすっかり逃してしまった。
教科書に向かったところで、またふと気が付く。
―――先ほど自分の頭を叩いたのは、誰だ?
考えられるのは、隣のピンクの少女だが、皆が注視している中、そんなことをすればすぐにバレてしまうだろう。
(消しゴムでも投げたのか?)
しかし、彼女の手元には、3角がまだ尖ったままの、おろしたての綺麗な四角い消しゴムが鎮座ましましている。
ますますモヤモヤとする頭を抱えて、再び隣を伺えば、こちらに気付いたピンクの少女がニコリと、人懐こい笑顔で微笑んだ。
キラは、どう応えてよいのか分からずに、眼鏡を指で押し上げ、慌てて視線を逸らしてしまった。
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