企画部屋
□恋の妙(みょう)〜後章〜
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静まり返ったオフィス。
机に積み上げられた書類の山
3山くらいあるうち一つは、すでに雪崩を起こしていた。
その前で両足を机に投げ出した状態のキラは、冷えたタオルを目の上に乗せたまま、身じろぎ一つせずに、じっと座っていた。
―――そろそろ夕飯をとらないとまた、食いっぱぐれてしまう……
連日連夜の激務の中、やっと株主総会を終えて少しは楽になるかと思いきや、引き続き新しいプロジェクトが立ちあがり、仕事量は一向に減る気配がない。
ここのところの睡眠時間はナポレオンよりも遥かに少ないだろうと、キラは胸を張って言える自信があった。
―――そんなもの、何の自慢にもならないが
キラは手探りで電話を引き寄せた。
「バルトフェルド」
『―――なんでしょうか、キラ様』
「そろそろ帰る――車を回してくれ」
『かしこまりました』
電話を切ると、キラはタオルを除け、ゆっくりと足をおろした。
ラクスが中国へ旅立ってから一週間……直接会って事情を話せなかった侘びは彼女が現地に着いた早々、電話でもらった。
毎日メールで状況報告はお互いにしているし、カフェテラスの一件以来、彼女なりに自分に気を使っていることはキラも良くわかっていた。
中国に旅立つ前も、必死で連絡を取ろうとしてくれていたのも解っていた。
「人間って贅沢なもんだよね」
皮肉交じりに、キラはひとりごちた。
僅か半年前はラクスとまともに会話をすることすら想像が出来なかった。
周囲に煽られる形で、ぶつかり合い、罵り合い…けれども、今よりコミュニケーションは取れていたような気がする。
恋人、というポジションにお互いが納まると、それにふさわしい交流を無自覚に求めてしまうのが人間だ。
キラも例外ではなかった、ということだろう。
付き合い始めた頃は、彼女と気持ちが通じ合っているだけで十分だと思っていた。
自分がヤマトの人間で、彼女がクラインの人間でいても―――上手くやっていけると。
しかし、月日が過ぎるごとに自分の独占欲は増すばかりで、早く彼女をクラインから引き剥がしたい願望に捉われてしまっていた。
ラクスは自分の元にいつかは来ると言ってくれているではないかと、自分を戒めても、心の中の黒い塊は大きさを増すばかりだった。
「―――社長?」
コンコンと、ノックの音が響き、バルトフェルドがドアの隙間から顔を覗かせた。
「今、行く」
椅子から立ち上がり、背もたれに無造作にかけてあったスーツの上着を取ろうと手を伸ばすと、急に強烈な眩暈と胸の痛みに襲われた。
「――――!?」
咄嗟に椅子の背もたれを掴むが、それは彼の体重を支えきれずに傾く。
ガタン!と大きな音を立てて、胸を押さえた格好のままキラは、椅子ごと床に倒れこんでしまった。
『なんだ…これ…』
机上にあった書類がバサバサと音を立てて硬質な床に落ちた。
「社…――キラ様!?…キラ様!」
バルトフェルドが目を吊り上げ、血相を変えてキラの元に駆け寄る。
「キラ様!」
彼は、気を失い、青白い顔で床に横たわっていた。