dragon tiger

それは唐突に、必然に
1ページ/1ページ



何でござるか、これ。
全く状況が理解できないでござる。
目を覚ませばそこは見知らぬ場所。もそもそと布団からはい出て、周囲を伺う。どこもかしこも高級そうなもので溢れた部屋は貴族の屋敷を連想させた。

「ここは……」

ボソリと呟くと、背後の扉がガチャリと開く。びくりと肩を揺らして振り返れば、そこには一人の青年が立っていた。

「目が覚めたか」

しっかりと扉を閉めて、黒髪の綺麗な顔の青年が部屋に入ってくる。その顔の右半分は眼帯と長い前髪で覆われていた。

「だれ……?」

不安気に呟けば、青年は落ち着いた声音で言った。

「俺は政宗、伊達政宗だ。よろしくな真田幸村」
「なぜ某の名前を……?」
「覚えてないのか?」
「え?」

その問いに幸村は、なぜこんな場所にいるのか頭をフル回転させて思い出し始めた。



*〜*〜*〜*〜*



今日は朝からついていない日だった。
忘れ物はするし、朝食は焦がすし、弁当はぶちまけるしで。極めつけはサッカー部の蹴ったボールが左目に直撃するという悲劇。幸い少し腫れた程度ですんでくれたのでよかった。保健室で軽く手当てをしてもらって帰路につく。眼帯のせいで平行感覚が狂ってしまう。自然と溜め息がでた。
のろのろと歩いていると、急に首筋に痛みを感じたところで記憶はプツリと途切れている。おそらく背後から襲われたのだろう。気付けば手足を縛られ、冷たい床に転がっていた。
身代金目当ての誘拐なのだろうかと思ったが、身寄りがなく、一人暮らしの自分には意味のないことだ。ならば、人身売買か。元気で健康なことだけが取り柄のようなものだ。こちらはうってつけだろう。
ズキズキと痛む頭でそんなことを考えていたら、数人の男達が幸村の前に現れた。どいつもこいつも柄が悪く、スーツ姿でいかにもな感じだ。おそらくヤの付く御職業なのだろう。

「臓器は健康だと思いまするがお金はないでござる」

思わず口走った言葉に男達はげらげらと下品に笑い出す。至って真面目だった幸村はかくりと首を傾げた。

「金がないなんて大嘘よく吐けるな。お前んとこの利益はハンパないだろ?」

確かに一般学生よりは稼いではいるが、ごく僅かだ。学生のアルバイトで稼げる給料など高が知れている。
誰か別の人物と間違えているのではないか。そのことを伝えてみたが、男達は下品に笑うだけ。

「眼帯に日本刀を持った学生なんてそうそういないぜ?嘘つくならもっと上手い嘘をつくんだな兄ちゃんよ」

はて、日本刀とは。
まさか竹刀袋の中身を日本刀と勘違いしているのか。剣道で真剣を使用する場合もあるが、刃は切れないように磨がれているし、なにより師範が管理するので学生が持ち帰ったりはしない。
そんな物騒なものを学生が持ち歩いていいはずがないのだ。何から何まで勘違いをしている男達にうんざりした。
とにかく理解してもらおうと幸村は必死になるが、聞き入れてはもらえず、それどころか男達に盛大な溜め息をつかれる始末。

「溜め息をつかれても人違いなのは明確でござる!」
「まだ言うか、このガキ」

チッとスキンヘッド男が舌打ちをし、懐から取り出した拳銃を幸村の頭に突き付けた。
え、これ、本物?
ぶわりと全身から嫌な汗が吹き出す。

「恨むなら自分を恨みな。あんたが伊達の長男なのが悪い」

その言葉で、やはり人違いをされていたという事実が確実なものになった。
某は真田幸村でござるよ。

嫌だ、嫌だ、嫌だ。
人違いで殺されるなんて。
あぁ、短き人生よ。
もしも生まれ変われるのなら、団子屋の主人になりたい。
顔も知らない、たった今存在を知った伊達という人物を内心で恨みながら幸村はぎゅっと目を瞑った。






――バァァン







「………………?」

何ともない?
パチリと瞑っていた目を開く。すると、先程のスキンヘッドの男が拳銃を持っていた手を押さえて自分の後ろを驚愕の眼差しで見つめていた。

「誰だテメェ」
「Ha!誰だ、だって?見りゃわかんだろ」

縛られ、床に転がされた幸村からは背後の人物がどんな人なのかはわからない。ただ、声のトーンからして男性なのだろうということだけはわかった。

「お前ら、俺を確保したと勘違いしたみてぇだが……」

ちらりと幸村を一瞥。

「俺がこんなチビで鈍臭いわけねーだろ?」

男達を嘲笑し、手に持っていた日本刀を肩に担ぐ。カチャリと無機質な音が部屋に響いた。

「まさかお前……」

伊達か?とスキンヘッドの口がそう呟いた。

「correct!」

伊達と呼ばれた男がそう言うと同時に部屋にいた男達が一斉に銃を構える。
しかし、伊達は怯まない。
その薄い唇に笑みを湛え、余裕たっぷりに立っている。

「死ね、伊達ぇ!」

いくつもの銃音が響く。
恐怖で瞬きすら忘れていた幸村の傍にゴトリ、と何かが転がってきた。
強張る体を無理矢理に動かし、顔をそれに向ける。
転がってきたもの、それは人間の首だった。

「Ha!この程度で俺をどうにかできると思ってたのかよ」

嘲笑し、床に転がっていた幸村の腕を引っ張り立たせる。

「ひっ!」

男の生首を見て絶句していた幸村は、急に引っ張られたことに驚き、小さな悲鳴をあげた。
それを気にもせず幸村の顔を覗き込むと、成る程なと頷く。

「馬鹿な奴らだぜ。ろくに顔も知らねぇのに動くからヘマすんだよ」

幸村の眼帯に触れ、失ったのは右目だと呟いた。

「アンタも気の毒だな。まさか俺と間違えられるなんて」

手足の縄を解きながら、さして同情した様子もなく言う。
たくさん言いたいことがあったはずの幸村だが、緊張の糸が切れたのか、フッと意識が遠退いていった。

「あの時の……」

時間をかけて、幸村は全てを思い出した。自分の身に降り懸かった最悪最低の災難。あの時に見た光景が蘇り、カタカタと体が震えた。

「おい、アンタ大丈夫か?」

正直まったく大丈夫ではなかったが、政宗に優しく頭を撫でられたため小さく頷いた。不思議と気分が落ち着く。
政宗はしばらくそうして頭を撫でてくれていた。

「さて、アンタに話さなくちゃならないことがある」

幸村が落ち着いた頃合いを見計らい、政宗がそう切り出す。伏せていた視線を政宗に移し、幸村は続きを促した。

「まぁ、だいたい察しはついてると思うが……俺の家系は裏家業でな。色々な方面から狙われる立場なわけだ」

それは幸村にも察しはついていたことだった。銃や刀を所持する人達が普通なわけがない。

「あの人たちはヤクザで、伊達殿もヤクザなのですね」
「No!ヤクザじゃねぇ、マフィアと言え」

どう違うのかを問えば、その方がカッコイイだろ?と髪を掻き混ぜられた。

「あと、俺のことは政宗でいいぜ。これから長い付き合いになるんだからな」
「わかり申した……て、え? 長い付き合い……?」

政宗の言葉に首を傾げ、恐る恐る聞き返す。どうか聞き間違いでありますように。

「アンタの存在は伊達の関係者扱いになったそうだ」

何が可笑しいのか、これからいろんな奴らに狙われるぞ、と笑いながら言った。 眩暈がする。あまりにも唐突に訪れた絶望的な出来事に、幸村はちょっぴり涙が出た。


to be continued...


 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ