長編.夢 本置き

□Ordinary fool
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ダンブルドアはせわしなく校長室を歩き回っていた。
助けた少女、ナマエが気になった。
ダンブルドアは先ほどナマエとの会話の途中、彼女の心、記憶を読んだのだが、何も読み取ることはできなかったのだ。
いや、正確には曖昧過ぎたのだ。
その心、記憶、全てが明確な区切りもなく、霞がかり読むことすらもできなかった。
彼女の語る事故に関する記憶も、彼女に関する人々の記憶も、何もかもがまるで今作られ形を成そうとしているような……。
おそらくはこれまでの記憶を全て消されて再構築されてしまったか、考えたくはないが閉心術の一種か。
いや、それはない。彼女の魔法への反応は間違いなくマグルのそれだった。
しかし、彼女の数少ない持ち物はある人物をダンブルドアに思い起こさせた。
トム・マールヴォロ・リドル。
ナマエ、君は彼とどういう関係なのか。
そして、なんて幸運な子なのだろうか。
机の上のキャンディーを一つ口に入れ、今後の彼女の進路について考えるとともに、翌年の闇の魔術に対する防衛術教員の申請リストを眺めた。

 ナマエは目覚めると何ら世界が変わっていないことに、嬉しいような悲しいような複雑な心境でいた。
起きると同時にまたカーテンは畳まれ、ダンブルドアが現れた。
「半日眠っておったようじゃが」
「今は……もう夕方なんですね」
石造りの壁にはめられた巨大な窓から夕陽がさしている。
不意にお腹がぐーっと鳴った。
「ほほ、三日も眠っておれば当然じゃ、歩けるかの?」
「み、三日も……なるほど」
ベッドから降りて立ち上がってみると少しふらついたが、何度かその場で歩いてみると大丈夫なようだった。
「さあ大広間に夕飯を用意してある、来なさい」
 キラキラとしたダンブルドアのローブが遠のいていく。
そのまま、ナマエはダンブルドアについていこうと足を出したところで、違和感に気付く。
―――指輪は付けといて僕を置いていくつもり?
 誰かの声だった。嫌な感じのしない青年の声。
聞き慣れた声のような聞き慣れないような……。
「え?」
 返事をすると違和感も声も再び訪れることはなくなった。
一体何だったのか……。視線をベッドに移すと日記がかすかに動いた気がした。
「ナマエ?」
 くるりと振り向いたダンブルドアにさっとナマエはベッドの上にある荷物を両腕に抱えた。
「あ、ごめんなさい……これも持っていっていいですか?」
「構わんよ」
 自分でもなぜこんなことをしたのか全く見当がつかなかった。
ただ持っていなくてはいけないような気がして、あの声のせいでもあるけれど。
これからご飯なのに邪魔になるかもしれないな、と苦笑しながらダンブルドアの後ろをついて歩いた。
 ホグワーツ城は想像以上に複雑で、少し埃っぽくて、涼しくて、魔法に溢れていた。
ダンブルドアはすたすたと進んでいく。
魔法使いなら気にも留めないことなのだろう。
だからと言ってこの時、私は気を取られていいわけではなかった。

「アルバス、どこ……」
 絵画が動くのが不思議で少し見つめている間に、ダンブルドアの姿は消えていた。
彼は一体どの角を曲がったのか。
建物の作り自体が巨大であるために、姿を見失うのはたやすかった。
『ホグワーツ城内で迷子』、それは憧れのシチュエーションでもあるのだが、ここは未知の魔法が溢れる城でもある。
何か間違えばただでは済まされないだろう。
「アルバス……」
通路は長く造りが似ているせいか見ているだけでも、不安をあおるばかりである。
ふらふらとこっちだろうと思う方向へ進んでみる。
―――そっちじゃない。
まただ。誰の声なのか。振り返ってみたが誰もいない。
「誰ですか」
―――君、本気で言ってるの?
 少し怒ったような声色だ。
しかし、どこに声の主がいるのかはわからない。
ホグワーツ城に姿が見えず声をかけてくる人……絵画だろうか。
あたりの絵画を見てみたがそれらしい人は見当たらなかった。
「怒らせてしまったならごめんなさい。でも本当に分からないんです。姿も見えないし」
―――そう……。
その言葉の後、私はまるで糸の切れた人形のように、がくりと両膝をついた。
嘘だ、体が……力が抜ける。
ぼーっと石畳の廊下を見つめていると、急に顎を掴まれ、視線は宙を見た。
「これでもまだ分からないって訳?」
 先ほどまで聞こえていた声の主のようだが、その双眸は赤く輝いていた。
艶やかな黒髪、陶器のような白い肌、眉目秀麗な顔立ち、瞳は赤色……知っているけれど、多分違う。
「あ、……の……」
「ナマエ……君には聞きたいことが山ほどあるんだよ」
ぐっと強引に顔を引き寄せられると、視界が赤い瞳でいっぱいになった。
「だ、れ」
「……」
 力の入らない体で出した声はそこまでだった。
私の体は地面に磁石のように引っ張られて、くっついた。
彼はぱっと私の顔から手を離すと、くしゃっと顔を歪ませた。
目だけ動かして見た彼は、それすらも一枚の絵になるように思えたし、私はとんでもないことをしてしまったとさえ思った。
不意に、彼は振り向き、そのまま上から私に語りかけた。
「ナマエ、僕は―――」
彼の声が遠のいていくが、私の想像通りの人物だったらしい。
トム・マールヴォロ・リドル……。
重たい瞼を閉じ、そっと意識を手放した。

目を覚ました私は、またしても医務室のベッドの上だった。
そっと視線を移すと側にダンブルドアがいた。
「気分はどうじゃ」
「大丈夫です……あの、ごめんなさい」
 ベッドの上で頭を下げると、ダンブルドアは頭をあげなさいと優しい声をかけてくれた。
「いや、謝らなければならんのはこの爺じゃ」
「いえ……」
その次の言葉が浮かばず、沈黙した。
ダンブルドアはその場で一振り杖を振る。
すると、どこからともなく紅茶のポットと二組のティーカップ、お菓子が現れた。
最初にもらった水のように温かい紅茶の入ったティーカップは私の手の中に納まった。
ダンブルドアは紅茶を一口飲むと話し始めた。
「魔法を使ったことは?」
「ないと思います。それはお話の中だけだと思っていましたし」
 今こうして目の前にある紅茶でさえも、魔法であるなんて信じられるだろうか。
 信じられなくとも、今ここに湯気の立つ紅茶が現れ、飲むことができる。
これが現実なのだ。
手の中の紅茶を一口飲むと体も少し暖かくなった。
「そうかそうか……ナマエ、君には魔女足りえる魔力が備わっておる」
「えっ……そんな訳が」
 衝撃的だった。
私には魔力がある……そんな、トリップでありふれた話があっていいものだろうか。
少しだけティーカップを持つ手が震えた。
「しかし、ナマエ、魔力を大量に失えばただではすまん。君に使った覚えがなくとも、よく覚えておきなさい」
「……はい」
「さて、お説教はこのくらいにして夕飯にはちと遅いが、少しくらいはかまわんだろう」
 ダンブルドアがパチッとウィンクをすると、どこからともなく、テーブルが現れ、溢れんばかりの食事が用意された。


20190217執筆
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