長編.夢 本置き

□Ordinary fool
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「んー……おいひい」
ナマエはテラス席でサンデーに舌鼓をうっていた。
店主のフローリアン・モンテスキューはナマエがホグワーツの新入生であることや、一人で買い物を済ませていることなどを聞くや否や、サンデーのアイスを山盛りに盛った。
大量のアイスを目の前に食べられるか不安だったが、食べてみると案外食べやすく、先ほどの全力疾走もあってかするすると食べられそうだった。
テラス席からは活気に満ちたダイアゴン横丁の通りが見える。
少し……古めかしいような……。
直感的にナマエは思ったのだが、そもそもここは魔法界である。
魔法族は灯りを白熱電球からではなくランプやロウソクからとる。
マグル製品、現代科学の息のかかったものは使わないのだ。
そう考えれば、古めかしく感じるのも納得するというものだった。
見慣れない格好の魔女や魔法使いを見ていると、だらだらとアイスがとろけて敷いてあった紙ナプキンを汚した。
サンデーのそばにあった日記は危険を察知したのかじりじりと距離をとっている。
まずい。溶けてなくなる。
急いで食べているとリドルが話しかけてきた。
―――甘ったるい匂い。
「匂いが分かるの?……あ」
ナマエは思わず口を手で覆う。
人にリドルの声が聞こえていようが、いまいが、周りの人から見れば私は日記に話しかけたり、誰もいない席に話しかけるおかしい人に見えるに違いない。
もしかすると魔法界ではそういったことも普通なことであるのかもしれないが……。
ナマエはものは試しと頭の中で会話してみることにした。

日記なのに匂いがわかるの?
頭の中でナマエが問いかけると、リドルの声がナマエには耳元で話しているかのように聞こえた。
―――いや、記憶だよ。ナマエと僕の、ね。
息がかかるほどの近さにひっ、と声を漏らし、飛び上がったナマエに、リドルは遠くで笑っていた。
ナマエは耳を手で押さえながら誰も見ていないことを確認し、再び席についた。
またこの人は私の記憶、もとい恥ずかしい妄想を利用して……。
元はと言えば自分の妄想が元凶なのだが、どうにも許しがたかった。
ナマエはじとっと日記を睨んでみたが日記はどこ吹く風と言わんばかりにこれといった反応を示さなかった。
おまけにトム・リドルは訳の分からないことを言っている。
……それは、あなたが学生時代にきたってこと?
―――そうだね。あの日も君は馬鹿じゃないのかってくらいサンデーを食べてたよ。
ば、馬鹿ってこの人……今は記憶と魂の入った日記だけど、からかいもたいがいにして欲しい。
ここで山盛りのサンデーを食べたのは今日が初めてなんですけど。
―――そう……。
消え入りそうなほど小さな声でリドルは一言答えただけだった。
急に馬鹿って言ったり、急に元気なくなったり、なんなんだ。
むっとしながら切り返したからなのか、これも彼の策なのか。
彼は私のことを知っている……でも、それは私の記憶や心を読んで得た情報なのか、本当に私との記憶なのか……。
いや、いやいや、私との記憶な訳がない、そんな訳ない。
ナマエは何も考えないようにサンデーを黙々と食べた。

あの日、僕は新学期前の買い出しにナマエを連れて行ったんだ。
自分のふくろうをもっていない僕は修了式の後、直接ナマエに約束を取り付けた。
引っ込み思案で押しに弱いナマエは僕の誘いにしぶしぶOKを出した。
ナマエと交友をもつ数少ない同級生たちが彼女をはやし立て、僕のファンだとのたまう女生徒たちはナマエをきつく睨んでいたり、コソコソと話し合っていた。
僕に誘われて嫌だと言った人間は数少ないもので、好意的なものから恐怖感から従うものまで様々だ。
ナマエは今思えば僕に誘われたのが嫌だったのかもしれない。
ダイアゴン横丁は活気に満ちていて、その中でナマエは静的だった。
ナマエは一人でいると、纏う雰囲気が変わる。
そんなところも僕を好きにさせる要因だったのかもしれない。
僕が声をかけるとナマエはおどおどと分厚い眼鏡をかけ直した。
ナマエは眼鏡をかけていた、それも度のきつい。
二人で中古品や古本を買い、新学期についてや新しく始まる授業について話し合った。
僕は奨学金で学校に通い、お金がないことになっていたが、実際には純血の貴族出身者から支援を受けていた。
ナマエもどうやらダンブルドアの保護下にあることもあり、お金に困ってはいないようだったが、あまり使いたがらなかった。
ナマエは話せば話すほど少し抜けている人物だったが、その魔力や知識、技術はずば抜けていた。
本人は隠しているようだが、編入したにもかかわらず常に学年二位につけているほどだった。
純血なのかマグルなのか、経歴についてはダンブルドアが保護している他は全くと言っていいほどわからなかった。
何かが引っかかる。
直々に僕が接触を図ることで彼女の経歴や素質を見抜くことにした。
そして、自分自身の執着心の芽のためにも。

ナマエはアイスクリーム・パーラーでサンデーを食べようと僕を誘った。
僕は甘いものが好きではなかったが、誘いに応じた。
そして、テラス席で待っていると馬鹿みたいに大盛りのサンデーがナマエの前に置かれて、思わず僕は顔をしかめてしまった。
僕はコーヒーを飲み、ナマエは黙々と大盛りのサンデーを食べている。
こちらの口の中まで甘ったるくなってしまいそうな匂いが鼻腔を通り抜ける。
「……甘ったるい」
 思わず口から出て来た言葉にナマエは目だけこちらに向けて、申し訳なさそうに食べる手を止めた。
「ここのサンデーは美味しいんだけど……てっきり私と同じでサンデー目当てかと思ったよ。甘いものは苦手だったんだね」
「甘いものはあまり好きではないね。ところでナマエはどうして僕の誘いにOKしてくれたんだい」
 ナマエはそんなことを聞かれるとは思ってもいなかったようで、サンデーにスプーンをつっこんだまま固まっていた。
「……どんな人なのかな、と思って」
「そう……それで、どうだった?」
「みんながファンになるのも分かるなって感じかな」
「君は僕のファンだから誘いに乗ったんじゃないの?」
「私は……その……ファンって訳じゃないよ……なんかごめん」
あはは、と濁しながらナマエはサンデーをスプーンで崩している。
大抵の女生徒なら僕がこうして話すだけでも、勝手に惚れただのなんだのと言い寄ってくる。
ましてやデートに誘えば……でもナマエは違った。
「でもね、みんながファンになるほどの人ってどんな人なんだろうって思うのは普通だと思わない?」
 サンデーを口に運びながらナマエが笑う。
僕はこの時、こいつは僕と同じことを考えて僕に会っていると直感した。
「確かにそうだね。かくいう僕もその一人だ」
「?」
「君は他の同年代の人間とは違うみたいだね。魔力も知識も他の生徒なんかとは比べ物にならない。圧倒的だ」
「大袈裟だよ。でも学年トップのリドルくんに言われるとちょっと恥ずかしいね」
「謙遜しなくていいよ。僕の話を、考えを、一から十まで理解するだけの知識や頭が君にはある。もちろん、それ以上にもだ」
「買いかぶり過ぎだよ。それにリドルくんの方が成績も一番だし先生からも気に入られてるでしょ? 私はそういうのじゃないから……あ、そういえばリドルくん、この前もスラグホーン先生に褒められてたよね」
「ナマエ、君にしかできない話があるんだ」
僕が真剣な目でナマエを見つめると、彼女はおどおどと目線を下げてサンデーを見つめた。
少し赤らんだ頬が分厚い眼鏡のレンズで歪んでいた。
馬鹿な女だ。
「僕には理想があるんだ」
「理想?」
「力のある純血の魔法族がこの魔法界を支配する世界だよ。僕はこの魔法界を秩序ある世界に作り替える……そのためにはナマエ、君の力が必要なんだ」
向かいに座るナマエの頬を撫でながら、興奮気味に話す僕を前に彼女は先ほどまでの熱を外して、すっと無表情になる。
「君が僕の考えに賛同してくれるならだけど……」
「私はリドルくんの考えに賛同できそうにないかな」
「なぜ?」
「できないけどね……」
ナマエはふっと笑いながら、僕の目を見る。
僕は彼女が入り込む感覚を感じ、すぐさま閉心したが、間に合わずそのまま集会の様子や彼女を誘った日のこと、孤児院でのことが脳裏を駆け抜けた。
まずい。閉心しなくては。
思い出は孤児院で一人眠るところで幕を閉じた。
やっと閉心を完了するも息は切れていて、笑ったナマエが僕を見つめていた。
なぜ、この僕が閉心術をかけ損ねた。
それにこいつは……。
虫唾が走った。
「リドルくんはこのサンデーと同じだよ」
 ナマエの手の中にはもうすでにどろどろに溶けて液状になってしまったサンデーがあった。
もう何の味かもわからないほど混ざり合っている。
この女は訳の分からないことを……と僕はこの時思っていた。
ナマエは愛おしそうにサンデーの器を撫でながら話し続ける。
「最初はチョコ味でもバニラ味でもチェリー味でもこんな風になっちゃう」
ナマエはサンデーを器ごと持ち、泥のような色の液体を喉に流し込む。
「でも大丈夫、私は残さず食べるよ……大好きなサンデーなんだから……って意味わかんないか」
それはつまり、僕の考えには賛同できないが、受け入れるということなのだろう。
このチャンスを逃すわけにはいかなかった。
「それって告白ってこと?」
「そうとも……いうね」
 へらっと笑いながら、ナマエは眼鏡をかけ直す。
君はこの時から僕を受け入れてくれていたんだ。
ずっとずっと……僕の大嫌いだった愛とやらで、心から。
「ナマエ」
 僕はそのままナマエに口づける。
君はそんなことをされるとは思っていなかったようで、目を見開いている。
ここは酷く滑稽だと思った。
「僕と付き合ってくれない?」
僕がナマエの耳元でささやくと、彼女はびくっと震えた。
彼女の真っ赤になった顔を見ながら、僕は唇についたサンデーだったものをなめる。
甘ったるい。馬鹿な女だ。
そう僕はあの時は思っていたんだ。

ナマエの頭の中にどこか懐かしむようなリドルの声と記憶が流れてくる。
目の前にどろどろに溶けたサンデーが器の底に溜まっている。
これ以上掬えそうにないのでナマエはスプーンを紙ナプキンの上に置いた。
そしてゆっくりと、器ごと持ち上げて、泥のようになったサンデーだったものを喉に流し込むのだった。

20190223執筆
20190223加筆修正
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