長編.夢 本置き

□Ordinary fool
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「携帯するってこのハンドバッグに入れてもいいの?」
私がそう言いながらアルバスに持たされたハンドバッグをぷらぷらさせていると、リドルは不機嫌そうな声を出した。
―――だめだ。せめてそのハンドバッグはやめてくれ、気分が悪くなる。
記憶も気分が悪くなるなんて、知らなかった。
例えば、私が日記をハンドバッグに入れて振り回すと乗り物酔いするような感じだろうか。
「リドルって記憶なのに気持ち悪くなるの?こうやって振ったりしたら酔う?」
―――そういうことじゃない。それにかかっている魔法が問題だ。気分は単なる比喩表現だよ。
「……?」
いまいちピンとこないので、魔法がかかったもの同士で何か反発するような何かなのだろうと勝手に結論付けた。
魔法でできている体というのは難儀だなと思った。
ふと窓の外を見るとアルバスが来る午前10時前。急いで身支度を済ませて私は一階へ向かった。
もちろん、リドルに携帯しろと言われた日記はロ―ブのポケットに入れて。
一階のバ―カウンタ―ではトムさんとアルバスが話し合っているようだった。
なんとなく階段の途中でその様子を眺めているうちに、自分の目が潤んでいることがわかった。
私、アルバスと離れて1日しか経ってなのに、こんなに寂しい……なんでだろう。
昨日もリドルを置いて行ったせいで不安になったし……。
―――僕がいなくて不安だった?
頭の中に上から目線のリドルの声が響く。日記はローブのポケットにあるのに。
はっとしたが、時すでに遅し。
恥ずかしくて顔がかっと熱をもつのがわかった。
思わずしゃがみ、両手で頬を包み、目をつむる。
見た目の年齢はともかくとして、多分自分はいい歳のはずで、なのにこんなに不安になってしまうなんて……。
―――無理もない、ここには君の見知った人間もいないのだから。
そうだね。この世界に、この場所に私の知っている人……家族や友人なんて誰もいない。
言葉も文化も生活も、今はどうにかなっているが今後どうなってしまうのか、馴染めるのかどうかも、全てが不安だ。
そして私を知っている人も……。
ナマエはだんだんと気分が落ち込んでいくのを感じながら、無意識に指輪をはめた薬指をもう片方の手で握った。
小ぶりな石の感触を確かめる。
それは元の世界でも、自分を落ち着けるためにそうしていたような気がした。
この指輪だったかは記憶がなかった。
私の日常もまた、ところどころ曖昧だった。
それがさらに私を不安にさせた。
自分のことさえも曖昧で、この世界に来た時の状況も記憶にない。
結局、私はこの世界で初めて出会って助けてくれたアルバスに頼るしかないし、利用できるまで待っているのかなんなのか、偶然にもそばにいたリドルに頼る他ないんだ。
ひんやりとした両手が、だんだんと頬の熱を奪っていく。
だんだんと不安は首をもたげ、染まっていく。
今朝の一人でいる時みたいだ、この感じ。
―――偶然……ね。
 そう、偶然。リドルの日記が手元にあるのは。
リドルの日記も私がこの世界に来た時に身につけていたという品物の一つ。
それがなぜかは分からない。
そして、彼の目的も……私の知っているままの目的なのだろうか。
―――今の君に利用価値はない、とだけ言っておくよ。
リドルの落ち着いた声が聞こえた。
そんなの、利用しようとする人は利用しますなんて言う訳ないじゃん。
利用価値がないとか、そんなこと信じられない。
偶然そばにいた私を利用して、魔力を奪って……。
トム・リドルは、目的のためなら人を殺すこともいとわない。
私を生かすも殺すも、あなた次第なんでしょ。
ナマエは壁に背を預けながら、薄汚れた階段を見つめた。
自身の心が酷く暗い穴に閉じ込められたような気分だった。
重力に従って涙がこぼれそうになる。
―――それは違う!
リドルが急に叫ぶので、私は驚いてびくりとした。
その拍子に重力に耐えていた涙がぽろりと落ちた。
―――僕はナマエと……。
リドルはそこで言葉を切って何か考え込んでいるかのように思えた。
私と……なんだっていうんだ、また恋人だとかそういう話?
私、馬鹿だけど違うくらいわかるよ、馬鹿にしないで。
だって、リドルは……トム・マールヴォロ・リドルは物語の登場人物なんだから。
自分で思いながら変な気持ちになる。
物語の登場人物だとわかっているのに、私はその世界にいて、普通ではないにしろ話しているんだから。
ナマエとリドルの間にしばしの沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのはリドルだった。
―――君は僕を疑うし、僕との記憶もない……今の君にとって僕らの間に特別な関係も、接点なんかもない。
改めてリドルに言われると少しこたえるものがあった。
でもそうなんだ。
私とあなたは全然……関係なんかないんだから、何言われたって。
―――でも、僕らは関係を結んだ。
「関係……?」
―――ギブアンドテイクの関係ではあるけどね。
先ほど、私はリドルから脅しのようにも思える強引な取引をした。
必ず日記を携帯することとリドル基準の魔力少々の代わりに、私はこの世界での常識や知識をリドルから得る。
そんな、ブラックボックスの要素が強い強引な約束だった。
そんなのが関係だって言えるの。
―――今の君と僕に関係がないとは言わせない、僕と約束した以上はね。例えその約束がついさっき結ばれたものだとしても。
「関係はさっき作ったっていう……強引過ぎるよ、はは。それに結局私のこと利用してるし」
なんだか私はおかしくなって笑ってしまった。
―――勘違いしないでくれないかな。君の想像するような利用法ではないよ。それに君も関係を結んだのなら、僕を利用するといい。そういう約束だ。
 なんだか私の想像するリドルらしからぬ台詞だなと思いながら、頬の涙を手の甲で拭いた。
そんなことを言って自分の立場が危うくなったらどうするつもりなんだろう。
「闇の帝王がそんなこと言ってたら足元すくわれちゃわないかな」
―――あまり僕を見くびらないでくれ。今の君じゃ無理な話だよ。
「じゃあこれから力をつけたらいけるってこと?」
―――……さあね。
 リドルは少し考えた後、私の問いにそう返した。
―――それから、僕は君を生かすことはあっても殺すことはしない。どうも君は勘違いばかりするようだからね、ここに誓うよ。
「そう……なんだ」
―――僕がここまで丁寧に話してやってるんだ。感謝されてもいいくらいさ。
 リドルの上から目線のセリフにナマエは少し苦笑する。
 リドルの言葉に前までなら疑ってしまうことも、今度こそは疑うこともなくすっと頭に入っていく気がした。
そして、少し、自惚れてもいいならリドルから彼なりの慰めを受けている気がした。
私の不安を読んで、わざわざ私と関係があるんだと主張するなんて、ちょっと変だ。
想像していたトム・リドルとちょっと違うかもしれない。
もし慰めてくれているなら、それはとても遠回りで、不器用だなと思った。
「リドルは優しいのか厳しいのか冷たいのか分かりづらい人だね。もっと素直になればいいのに」
―――……それは無理だ。
「いつでもなれると思うけどなぁ」
―――君のような馬鹿者にはなりたくないからね。
「ほらまた馬鹿って言う」
 私がむっとしているとリドルは馬鹿にしたように鼻で笑った。
すくっと立ち上がり、涙を拭くとまた世界は光っているように見えて、自分が元気になってきていることがわかった。
そして、不思議と不安は収まっていった。
そんな私の存在にアルバスが気付いたようで、こちらに手を振ってくれた。
思わず私も腕を振る。
こんな不安ともバイバイできる日が来るのだろうか。
そんなことを考えながらナマエはダンブルドアに駆け寄った。

20190304執筆
20190307加筆修正
20190320加筆修正
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