長編.夢 本置き

□Ordinary fool
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ダンブルドアはナマエを抱きしめると頭をぽんぽんとなでた。
ナマエの胸いっぱいに嗅いだことのない匂いが広がった。
急な抱擁とその行為にナマエは固まったが、ここは英国だ、ここは英国だ、と言い聞かせることで、精神を保った。
「おはよう、ございます」
「おはようナマエ。あぁ、トム、彼女から鍵を」
その様子を微笑ましく見つめていたトムは、うやうやしくナマエから部屋の鍵を受け取ると、一言挨拶をした後に店の奥に消えて行ってしまった。
アルバスは今日も魔法使いらしい長いローブを纏っていた。
今日は薄紫色のローブだ。
肩から裾にかけてのグラデーションがナマエに藤の花を連想させた。
「これはこれは……やる気に満ちておるな」
ダンブルドアはナマエの格好を見るなり、少し驚いたそぶりを見せたが、嬉しそうに彼女に笑いかけた。
ナマエははにかみながら、自分の制服姿をダンブルドアに見てもらおうと両腕を広げて見せた。
「実は着る服をもってきてなくて……後、着てみたくて、どうですか? 変じゃないですか?」
「心配するでない、よーく似合っておる。服のことは申し訳ないことをした、そのハンドバッグからいつでも必要なものは取れると思っておったが……説明忘れじゃ」
このハンドバッグからいつでも必要なものが取れる?
願えば打ち出の小槌的な感じでどんなものも手に入るのか……。
私は試しにハンドバッグを開き、腕をつっこみながら、頭の中で欲しいものを想像してみた。
欲しいもの……欲しいもの……。
不意に頭の中に黒緑色のローブがちらついた。
はっ、とした時には、手の中に畳まれた黒緑色のローブがあった。
学校に置いてきたはずのものがどうしてここに……まさかね。
ホグワーツは外から何者かの侵入を防ぐために、校内では姿現しや姿くらましが、できないと聞いたことがある。
しかし、このような防御策もそれを施行する校長には無関係な話かもしれない。
「これは……もしかしてですけど」
 ナマエが小声で聞くと、ダンブルドアは彼女の耳に顔を寄せた。
「君の服をしまったクローゼットにつながっておる。もちろん、このことは他言無用じゃ」
「え……」
アルバスの方を向くとお決まりのようにウィンクをお見舞いされた。
最も偉大な魔法使いがお茶目なウィンクで誤魔化そうとしないでください。
このハンドバッグをどこの誰かもわからないマグルに持たせて魔法界を歩かせる校長とは……。
このどこでもハンドバッグが引き起こしそうな最悪の事態を想像すると、ナマエの背に寒気が走った。
そして、さらっと出てきた私のクローゼットとは一体。
聞きたいことは多いがここは漏れ鍋。
魔法使いや魔女たちは、ダンブルドアの登場にひそひそと話し合っている。
さらに急に現れた少女がダンブルドアと親しく抱擁し話し合っているとなれば、黙っているはずもなかった。
更に悪いことにナマエがホグワーツの制服姿の東洋人であることも相まって注目を集めている。
「ここでは話がしづらい。ホグワーツに戻るとしよう」
「は、はい」
ナマエとダンブルドアは漏れ鍋を後にした。
外に出るなりダンブルドアは自然な手つきで彼女の肩を抱き、ポンっという音とともに姿くらましをした。

ホグワーツ城内も素晴らしかったが、外から見る城はまた格別だった。
ナマエとダンブルドアは校庭に姿現わしをした。
姿現わしは二回目だったが特に気持ち悪くなることもなく、ナマエはただ視界の端に映ったホグワーツ城に釘付けになった。
「すごい……」
ぽつりと出せた言葉はそれだけだった。
想像していたよりも、テーマパークで見た城よりも、それは現実の質量をもってたたずんでいた。
時折吹く風がナマエの頬を流れ、足元の青々とした草花を揺らした。
「本当に、初々しい」
「初めて見ましたから」
「そのようじゃの。さて、歩きながら話すとしよう」
「はい」
 アルバスがゆったりとした歩調でホグワーツに向かって歩いていくので私も同じ歩調で隣を歩くことにした。
ホグワーツへの道だと思うと、浮足立った。
「初めての魔法界はどうだったか、話してもらえるかの」
 ダンブルドアは横目でナマエを見ながら訊ねた。
 漏れ鍋で受け取ったアルバスの手紙にも『初めての魔法界』について感想を聞きたがっていた。
初めての魔法界……私の目には光に満ちているように見えたし、私自身もまだ完全には信じられていないせいか、気持ちがふわふわと高揚している。
しかし、私はこの世界で言ってしまえば、よそ者だ。
多少異国の知識や言語がわかっても、その土地の慣習や文化まではカバーしきれない。
その土地の常識が、私がよそ者であることを炙り出している。
それにリドルとのこともある。これは話すべきなんだろうか。
ナマエは横目でダンブルドアをちらっと見た後、ふーっと息を吐く。
わずかな時間でいろんなことが起こっている気がする、落ち着かなければ。
「とても楽しいけど、私はよそ者なんだなって思いました。この世界のことを知ってるんだって自分に少しだけ自信があったんです。でも、教科書を読んだだけじゃわからないことみたいな感じです……」
「なるほど……」
アルバスは目線を外すと白く長いひげを手櫛で整えながら、何か考えているようだった。
私は口をついてリドルのことを言いそうになったが、そこで口をつぐんだ。
それさえもこの偉大な魔法使いは読んでいるのではないかと冷やりとする。
そもそも、リドルの日記をもっていることや、リドルと会話することがやましいことなのかというと、それもよく分からないが悪いことのように思えた。
この時代のトム・リドル……ヴォルデモート卿も間違いなく悪事を働いているだろうし、闇の時代のために暗躍していることだろう。
その人物の記憶の入った日記を所持しているとなれば、何かしらの疑いをかけられてもおかしくはない。
もしも、リドルのことがばれたら……。
「して、積もる話はできたかの」
「は、はい?」
アルバスの急な質問に私の心臓と声は跳ね上がった。
それと同時に変な汗が顔からぶわっと出ている気がした。
ばれてる……絶対ばれてる……。
なんでこういう時にリドルは何も反応してくれないんだ!
ローブのポケットで文鎮と化しているリドルに憤っても何の返事もなかった。
この人でなし。
「いったい、何の、ことでしょう」
「君の、ポケットにいる人物とのことじゃ」
ダンブルドアはなんてことのない様子でナマエの膨らんだポケットを指さした。
ナマエはぎこちない笑顔を張り付け返事をしながら、これはもう逃げられないなと観念するのであった。

ナマエはリドルとのことを洗いざらいとまではいかないが、大方のことをダンブルドアに話した。
トム・リドルの日記は物語の中で出てきた品物であること。
トム・リドルは自分を知っていると言っていること。
自分はトム・リドルを知っているが面識がないこと。
そして、トム・リドルは性格が悪いこと。
しかし、二人で交わした契約につては話さなかった。
きっと、話したらリドルは嫌な顔をするに違いない。
「トムは性格が悪いのかね」
「めちゃめちゃに悪いと思います。でも、ホグワーツきっての秀才で、ハンサムで、人気があったんですよね」
「左様。ナマエ、信じられないという顔をしておるぞ」
 ダンブルドアはナマエの表情を見るなりほほほと笑った。
「こんなに性格が悪いのにどうしてみんな騙されたんだろうって思ってしまって」
「それはハンサムで優等生だったからじゃ」
「えぇ、そんな単純な」
「嘘じゃ。トムは皆に優等正であると信じ込ませるほど、様々な技術が卓越した人物であると同時に野望のためならどんなこともいとわない。そして、人々はトムの闇に魅了される……ナマエ、君はトムに惹かれるかね」
 少し真面目な顔をしたアルバスの横顔を盗み見た。
私がリドルに惹かれるかどうか。
この世界のリドルに惹かれるかどうか。
恥ずかしいが、トム・リドルは好きなキャラクターであるし、実際に話してみて惹かれるかと言われれば惹かれないこともない。
ただ、短い期間で分かったこととして、とんでもなく意地悪で性格が悪くて強引で素直じゃない。
「惹かれないか惹かれるかと言われれば惹かれますけど……それに魅了させたいならもっと性格がよくて親切で英国紳士な感じで話しかけて欲しいですよ……」
「トムは君にどうやって話しかけるのかね」
「どうって普通に……」
 普通に……、と言ったところではっとする。
頭の中で会話するのは普通ではない。
でもどう伝えたらいいんだろうか。
「普通に?」
「……口でしゃべって、ます」
「なるほどなるほど、してトムと会ったことは?」
 リドルと会ったこと……。
初めて見たのはホグワーツ城内で迷子になった時だ。
ちゃんと思い出せるかと言われると、おぼろげだった。
でも、血のように赤い目だけは忘れられなかった。
思い返してみれば、リドルをじっくりと見たことはなかった。
いつも話すのは頭の中か、頭の中の声に実際に会話するだけだ。
でもそれを言ってしまったら、話してるのになぜ一回しか会ったことがないのかという話になってしまう。
嘘を言いたくもないし、リドルとのことは隠したいし……。
頭の中で話していることを隠す必要なんかないのに、なぜか隠さなければと思ってしまう。
ナマエは冷や汗が出る感覚に襲われたが、意を決していうことにした。
「一度だけ……ホグワーツで迷子になった時に」
「ふぅむ、よく話しているように思ったんじゃが一度しか会ったことがないと……不思議なこともあるものじゃ」
「いつも……リドルと話す時は声だけなので」
 そういうとアルバスは少し笑った。
「どうやら存外奥手のようじゃ」
「奥手?」
「トム、そろそろ姿を見せたらどうじゃ?」
 ダンブルドアの問いかけに答えるように、ナマエのローブのポケットからすーっと半透明な何かが現れる。
それに驚いたナマエは運悪くかかとにあった石に足を引っかけ、尻餅をついた。
痛みに涙目になりながら空を見ると、半透明な何かが人の形をしている。
体を通して青空が見えるが、その双眸が赤くきらめいていた。
目をこすってよく見てみればどこかで見たことのある青年のようだった。
整えられた艶やかな黒髪、陶器のように白い肌、そして血のように赤い……。
「トム・リドル……」
「やあ、ナマエ」
頭の中で聞き慣れた声が夏の風に吹かれて消えた。

201903010執筆
201903020加筆修正
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